「じゃあねえ〜、高須く〜ん」
今日もスドバでコーヒーを飲んだ後、妙にハイテンションな川嶋たちと別れた帰り道。
いつものように下らないことについて雑談し、代わり映えの無い午後になるはずだった。

「さて、買い物してくか。大河、今日は何が食いたいか?」
「…………」
夕食が近づいて主婦モードに突入した竜児が大河に夕食のメニューの希望を尋ねたものの、返事が無い。
先に帰ってしまったのかと思い後ろに目を見やると、ムスっとした表情で
不機嫌そうに自分の後ろを付いてくる小柄な少女の姿。
「いるなら返事してくれよ。それとも、腹でも痛いのか?」
「…………」
相変わらず竜児の言うことを頑なに無視する大河。

「どうした、本当に調子が悪いのか?先に帰って休んでるか?」
口も利けないほど調子が悪いのならばただ事ではないだろう。
以前に食べすぎで腹を壊して病院に運び込んだことを思い出し、先に高須家に戻ろうとするも、
「うっさい!あんた、私が怒って無視してるってことにも気付かないの?」
強烈なキックが、竜児の脇腹に炸裂したのであった。

「痛てててて……お前な、加減ってものを心得てくれよ……」
「ふんっ、自業自得よっ!」
脇腹の痛みで一瞬呼吸困難に陥り、近場のベンチで座り込んでいる二人。
相変わらず不機嫌な大河を目にし、一体自分に彼女を怒らせるような非があっただろうかと
考えを巡らせるものの、皆目もって彼女の怒りの原因が思いつかない。
そういえば今日もスドバにいた頃から大河の口数が極端に少なかったが、
ひょっとしてあれも不満を溜め込んでいる彼女なりの怒りのアピールだったのだろうか。

「あんたって本当にエロ犬ね。さっきもばかちーに『じゃあねえ〜』なんて色目使われてニヤニヤしちゃって」
「ニヤニヤなんてしてないだろ。それに川嶋だって別に色目なんて……」
話が訳の分からない方向に飛んでいく。川嶋が俺に色目?俺がエロ犬?
「それに、今日の昼休みだってそう。あんた、ばかちーの下着見て鼻の下伸ばしたり、
ばかちーに抱きつかれて立場もわきまえず盛ってたり、スドバでもばかちーが……」

ばかちー、ばかちー、ばかちー。
ようやく彼女が口を開いたかと思えば、出てくる言葉は川嶋亜美と自分の不適切な関係を咎める言葉ばかり。
確かに川嶋のパンツを見てしまったのは事実だが、それはあくまで不慮の事故であり、
抱きつかれたのだってあれはたまたま川嶋が転んだ先に自分がいただけの話である。
大河が語るような爛れた関係は一切無いと断言できる。
「大河、お前が川嶋と仲が悪いのは分かるが、俺に八つ当たりしないでくれ」
「何よ、あんたがあんな馬鹿女に色仕掛けで誑かされてるから注意してやってんじゃないの!」

随分と滅茶苦茶な物言いであるものだ。
要は、自分が川嶋と仲良くしているのが気に入らないからこんな言いがかりをつけてくるのだろう。
それにしても、やたらと俺ばかり特別にに難癖をつけてくるのは、もしかして……
「お前、もしかしてやきもち妬いてるのか?」
「な、何ですって?」
やきもち、という単語を聞いた途端に彼女の顔が真っ赤に染まる。
「だだだ、誰が、や、やきもちですって?自惚れないでよこの馬鹿犬!」
そして物凄い形相で俺につかみかかり、首やら腕やらをその小さな腕で締め上げてくる。
「く、苦しい、やめろ、大河……」
脳への血流が首までで遮断され、段々と意識が遠のいていく。
ああ、もう駄目だ、落ちそう……と思ったところに現れたのは救いの女神。

「あ〜、高須くんじゃない」
薄れゆく意識の中で聞こえたのは、先ほどスドバで別れたばかりの川嶋亜美の声。
そのおかげで首への締め上げがようやく弱まっていき、九死に一生を得たのだと気付かされる。
「えへへ、また会ったね」
そう言って、大河には目もくれずに俺の隣に座り込む川嶋。
「ちょっと、ばかちー、図々しく座り込んでるんじゃないわよ!」
大河の怒声にもまったく動じることなく、何故かぴったりと俺に体を寄せてくるのだ。
「何か変な雑音が聞こえるなあ。そういえば高須くん、買い物に行ったんじゃ……んぎゃっ!」
言い終わる前に、大河に耳を引っ張られて悲鳴をあげる川嶋。

「あらあら、モデルの川嶋亜美さんが『んぎゃっ!』ですって。ホホホホホ」
「あーら逢坂さん、いたんだ。小さすぎて見えなかったなあ〜」
引きつった笑みで芝居がかったお嬢笑いをする大河と、
痛みで涙目になりつつも精一杯強がって余裕があるように振舞う川嶋。
まずい。これ以上この二人を一緒にしておけば、また不必要なトラブルを巻き起こしかねない。
そうなった場合、決まって自分が大河の不満の捌け口にされることは分かりきっているのだから。

「なあ川嶋、今日はちょっと大河の機嫌が悪いみたいだから、悪いけど俺たちはこの辺で帰るよ」
「ふーん、結局高須くんは最後には手乗りタイガーの肩を持つんだね……」
肩を持つ、か。確かにそうなのかもしれない。
大河の保護者のような役割を続けているうちに、いつの間にか彼女を守るのは自分なのだと思うようになり、
無意識のうちにそういった行動が染み付いてしまったのだろうか。
「そっか、しょうがない。今日は高須くんに免じて引いてあげるから。でもね……」
そう言うと川嶋は大河に近寄り、何やら耳打ちをし始めている。
何を話しているのかこちらからは分からないが、話を聞いている大河はそのうち真っ赤な顔になって、
「うっさい、バカチワワ!二度と私たちに近寄るな!」
「きゃはは、じゃあねぇ〜、高須くぅん〜」
激怒している大河とは対照的に、悪戯っ子のような無邪気な笑いと共に逃げるように去っていく川嶋。
俺は何が起こったのかが分からず、ただ狐につままれたようにその様子を見ているだけであった。

「なあ、川嶋は何て言ってたんだ?」
「黙れ。あんたは知らなくていいの」
まあ、仕方ないか。俺に聞かせていい話ならば内緒話なんてしないだろうし。
「まあ、とにかく買い物して帰るか……っておい、大河?」
何故か大河が俺の左腕をぎゅっと握り締めて離さない。
「おい、これじゃ歩きにくいだろ。これじゃまるで……」
「うっさい。黙って私のやることに従ってなさい」
こういう時の彼女はいつも頑固だ。仕方が無い、ここは大人しく従っておこう。
それに、大河とこうして歩くのはそんなに悪い気分じゃない。
また大河を怒らせるのもなんだし、最後に言おうとした言葉は胸の中に留めておくことにして
俺たちはスーパーへの道を二人で歩いていったのだった。




※このSSは以前別所に投稿したものの再掲です。


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