クリスマス。
兄貴も孝之も彼女と楽しい楽しいデートらしい。
普段ならば俺は一人寂しく独り身を過ごすだけの憂鬱なイベントでしかないのだが……今年は違う!
なんとなんと、愛しのマイ彼女松澤小巻が俺に会いにやってくるのだ!

クリスマスに彼女とデート。
健全な思春期の男子である俺としては、その甘美なシチュエーションに淫らな想像をして、
期待だけでなく股間まで膨らませてしまうのは致し方ないことであり、
「田村君、今日は帰りたくないの……」と熱っぽい上目遣いで見つめてくる松澤を想像しちゃったりなど……
「フハハハハ、ういやつめ、ういやつめ〜〜!」
その瞬間ドアが開き、間の悪いことにおかん(43)が現れ、
「雪貞、もう遅いから静かにしなさい……あんた、枕抱きしめて何やってんの」

きゃー。
あまりに恥ずかしい痴態を目撃された昨晩のできごと。今思い出しても恥辱で身悶えてしまう。
そんな忌まわしい記憶を振り捨てるべく、家を出た俺は松澤が乗ってくるという
高速バスの降車場近くのベンチに座って待っていたのだが、
「――田村、さっきから何やってるの?」
いきなり俺を呼び捨てるその声の正体は……
「そ、相馬か?何でこんなところに?」
今この状況では一番会いたくない相手である。
とにかく松澤と相馬を会わせる訳には行かない。俺の本能が告げてくるのだ。
「歩いてたら偶然見かけたのよ。それより、田村は誰かと待ち合わせ?さっきからニヤニヤしてて気持ち悪い」
きゃー。そんなににやけてましたか。
だが、今日は待ちに待った大事なデートなのだ。誰にも邪魔されるわけにはいかないので、
相馬には丁重にお立ち去り頂くべくこの場を切り上げる言い訳を考えていたところ
「待ち合わせの相手って松澤さんでしょ?」

――絶句。
恐るべし悪の権化。何でそんなことが分かるんだ。
「昨日あたしが田村のこと誘っても先約があるって断られたし、
バス乗り場で待ってるなら……相手は松澤さんしかいないでしょ?」
まさに図星の指摘に、金魚のごとく口をパクパクさせるだけの俺。
「やっぱりそうなんだ……これから、その、デートなの……?」
急に落ち込んだ様子になると、気弱げに問いかけてくる相馬。
――そうなんだよな、俺は相馬の誘いを断って松澤を選んじゃったんだよな……
その表情を見ていると何故だか罪悪感が湧いてきて……
いや、いかん。ここは心を鬼にするのだ。俺は一度松澤を選んだのだ。

「や、ま、そのー、悪いけど、そういうわけでこの場は……」
「やだ。あたしも松澤さんに挨拶する。」
そう言って俺の隣に座り込む相馬。
何ですと?これはあれですか?主人公に横恋慕するサブヒロインがメインヒロインに
宣戦布告なんていう漫画や小説でよくある定番のあれですか?
「いかんいかんいかん、駄目です、お父さんは許しませんよ!」
「何よ、挨拶くらいいいじゃない、けち」
けちとかそういう問題ではない。愛人を本妻に会わせるわけにいかないのは世の旦那様に共通なのである。
……いや、誤解されないように言っておくと、松澤とも相馬とも未だやましい関係には至っていない(至らせてもらっていない)のだが。

こうなったら相馬はとことん意地っ張りだ。
もはや実力行使しかないと、座り込んだ相馬を引っ張り上げて立たせようとするが、
「やだ、エッチ、どこ触ってんのよ!」
「ああそうさ、男はみんなエッチなんだよ!悪いか!」
「やだ、開き直った!田村のケダモノ!」
そんなこんなで揉みあっていると、突如背後から投げかけられる声。

「――田村くん。その人、誰?」

振り返ると、松澤が立っていた。

「松澤……さん……?」
そうです松澤さんですよ。俺だけのウサギさんの松澤小巻さんですよ。
「ねえ田村くん、さっき抱き合ってたその人、誰?」
――本当に最悪のタイミングだ。しっかりと誤解されましたよ相馬さん。
しかし松澤よ……そんな冷たい目で俺を見ないでくれ……
そんな目で見つめられると、俺は、俺は――
「ご、誤解だ、あれは事故なんだ!そうだよな、相馬!」
そう言って相馬に話題を振るも、こっちはこっちでガチガチに緊張していたりするのだった。

「は、はじめまして、あたし、相馬広香っていいます……」
『相馬』の名を聞いた途端に松澤の表情が不安げなものに変わる。
「あなたが相馬さん……?高浦くんが言ってた人?」
松澤よ、お前はあのスパイ高浦からどこまで聞いているんだ?
一触即発の事態にガマのごとく脂汗を流しながら呻き続ける俺。
「うん、そう、高浦くんにはいろいろ助けてもらっててね……」
なんと、こりゃあ初耳だ。相馬よ、いつの間に高浦と親しくなってたんだ。
助けてもらってると言っているが、高浦がまた良からぬ事を相馬に吹き込んでいるのだろうか?

「そっか、高浦くんの……相馬さんは……そうなんだ……」
何やら一人で納得したかのような松澤。
むむむ?いい具合に話が逸れてきた。
あとはこのままさっきの件を有耶無耶にして松澤とこの場を立ち去るのみ!
誤解は後で解けばいいのだし、とにかく今は松澤と相馬を早急に引き離さねばならないのだ。
「ヘイヘイヘイまっちゃん!雑談はそのあたりにして出かけようぜ!では、さらばだそーちゃん!」
「そ、そーちゃん……?」
普段使わない妙な呼び方をして、ハイテンションのまま会話を切り上げようとしたのだが……

「それより、相馬さんとどういう関係なのか聞きたいな。相馬さんもいっしょにね。」
誤魔化しきれなかった。

落ち着いて話せる場所がいいというので、結局行き着いたのは我が田村家。
カラオケボックスや喫茶店は相馬が嫌がったので仕方なくやってきたのだが、
相馬はやはり兄貴とは顔を会わせ辛かったのか、途中で何度も兄貴の不在を確認してきたのだった。

「田村くんの家、上がるの二回目だね」
「あたしは初めて……あ、でも、家の前までは何回も迎えに来てるけど……」

変なところで張り合う二人。
普段の俺ならば軽口でも叩いて茶化すシーンなのだが……
先ほどから松澤は俺たちの関係をいぶかしむように睨み付けてくるし、
相馬は相馬で覚悟を決めたような目で俺と松澤を見つめている。
冗談が通りそうな雰囲気ではないのだ。
ああ、松澤さま相馬さま、いったいボクが何をしたというのでしょう。

今日に限ってはあの野次馬な母親が不在なのはありがたい。
二人を俺の部屋に入れて、先に口を開いたのは松澤。

「改めて初めまして、田村くんの彼女の松澤小巻です」

おお、あの自称宇宙人が、自分のことを「俺の彼女」と……
両想いなのは分かっていたが、改めて口に出してくれると嬉しさもひとしおだ。
「相馬さんは、田村くんのお友達なんだよね」
お友達、という部分を妙に強調する。
これは、これはもしかして、『ジェラシー』というものだろうか?
松澤よ、お前も人並みに嫉妬ができるようになったんだな……
父さんは嬉しいぞ……と感傷に浸っている余韻を打ち破る相馬の言葉。

「あたしたち、実はただの友達じゃないの。さっきも田村が突然抱きついてきて――」
きゃっ、と言ってわざとらしく恥らう相馬。
突然の爆弾発言に危うく飲んでいたお茶を吹き出しかける。

「ま、待て、あれは相馬がベンチに居座るから、それを引き剥がそうと……」
必死で言い訳するも、
「そうなの、田村は松澤さんにあたしたちの関係がばれるのが怖かったみたい」
意味深な言葉で誤解させる気満々の悪の権化。
「……あ……う……ぐ……」
俺に逃げ場など無い。ああ、目の前が暗くなっていく……
恐る恐る松澤のほうに目を向けると……松澤の目には涙が浮かんでいた。
「田村くん、やっぱり、私のこと、好きじゃなくなっちゃったんだよね……」
消え入りそうな声で呟く松澤。
「そうだよね、私、相馬さんみたいにかわいくないし……仕方ないよね……」
とことんネガティブに陥っている。
松澤を苦しめているのは……俺だ。
家族を失った松澤は、これ以上好きな人間を失うことを極端に恐れている。
俺はそんな痛々しい姿を見ていられなくて、絶対に離れてやらないと誓ったはずなのに……

「松澤……すまん……」
居ても立っても居られなくなった俺は、気が付いたら松澤を強く抱きしめていた。
「俺は松澤が好きだ!絶対に離さない!だから、そんな事言わないでくれ!」
「た、たむ、うっ……」
松澤が苦しそうな声を上げている。
まだ足りないのか。どうやったら彼女の苦しみを拭い去ることが出来るのか。
「たむらくん、うで、くるしい……」
ん?あああ、しまった!
我に返ると一瞬体を離し、
「わ、悪い、松澤!痛くなかったか!」
「……ううん、ありがとう……すごく……嬉しい……」
その後も田村くん、田村くんと泣きながら俺の名を呼び続ける松澤。
松澤だけでなく、俺も一緒になって泣いていたと思う。

雨降って地固まりこれで一件落着か……と安心して相馬を見ると――
仏頂面になって、誰が見ても一目瞭然な不機嫌オーラを放出しているところだった。


その後、落ち着いた松澤に相馬との経緯をなんとか説明する。
もちろんキスの件は伏せておいたが、
その間ずっと無言で横から睨み付けてくる相馬の目線が……辛いのである……

「相馬、今日はもしかしてあの日か?」
重い空気をどうにかしようと定番のジャパニーズジョークを発するも、
相馬はみるみる顔を真っ赤にして、
「変な事言うな!」
殴られた。グーで。
「目の前であんなシーン見せ付けられたら、こんな気分にだってなるじゃないの!」
あんなシーン、とは先ほどの俺と松澤の抱擁のことか。
うきゃー!冷静になって思い出すと顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
思わず赤くなった顔を手で覆い、乙女の如く恥らって蹲ってしまう。
「恥ずかしいなら最初からしなければいいでしょ!あたしの前であんなこと……」

「もしかして、相馬さんも……田村くんのことが好きなの?」
そこで突如として発せられた、遠慮もへったくれもない松澤の一言。
ああ、松澤よ、お前は敢えて俺が触れなかった禁句を言ってしまったのだな……
相馬は一瞬戸惑ったような表情を見せるも、すぐにいつもの意志の強い目をして、
「そう、あたしは田村が好き。あたしを助けてくれた田村が好き」
そう言って、人をも射殺せそうな視線で松澤を見つめていた。

また爆弾の導火線が再燃してきそうな気配ですよ。
あのー、お二人さん、ボクのためにもこの場はなるべく穏便に済ませてくれると有難いのですが……
どうかこの辺で勘弁してください、と必死にテレパシーを送るも通じない。
松澤は相馬の視線に気圧された様子もなく、相馬に向き直ると、

「でも、相馬さんに田村くんは渡さない。田村くんは私のもの」

ああ無情。先に宣戦布告したのは愛人ではなく本妻だったのだ。
「田村くんは私のこと好きだって言ってくれた。さっきだって泣いてる私を抱きしめてくれた」
「で、でも、あたしのことだって好きって言ってくれたもん……」
普段の様子からは考えられないほど饒舌になる松澤。
「それでも、田村くんは私を選んでくれた」
「それは、田村が松澤さんと決着をつけてからじゃないと、あたしの気持ちを受け止められないって言うから……」
劣勢の相馬。だが奴は腐っても悪の権化だ。
この程度で終わるタマではないはずである。

「話は変わるけど……松澤さん、遠距離恋愛の高校生カップルの何割が卒業まで続くと思う?」
「え……?」
流れを変えるべく攻勢に出る相馬。
「あたしは学校でいつも田村と一緒、授業も、昼休みも、体育祭も、文化祭も何でも一緒なの」
「うっ……」
「マンボッ!」
こんな状況でも松澤の呻き声に突っ込みを入れられるのは俺だけなのだ。
そんな優越感に一人浸っていると、俺に向けられる4つの怒れる目。

「ねえ田村、あたしこういう時に悪ふざけするのって、すっごく嫌いなの」
「……田村くん……」
どうやら失言だったらしい。

「そもそも田村があたしにも気があるような態度を取るのが悪いんじゃない!」
「田村くん、どうなの?」
「ちょっと田村、はっきりして!」
一転して糾弾の矛先がこちらに向かう。
ぐああああ……耐えられん……
今はつくづく自分の愚かさと優柔不断さが恨めしい。
俺が、俺が今すべきことは……
「おふたりとも、今日はクリスマスなのだし、とりあえず乾杯シマセンカ?」
とりあえずこの状況からエスケープすることだ。

「かんぱーい!」
「……乾杯」
「田村くん、これ、お酒……?」
親父が買ってきていたワインを開けて乾杯する。
「ヘイヘイ、せっかくクリスマスなんだから、堅苦しい事言わずに楽しく飲もうぜヒャハー!」
そう言って松澤と相馬のグラスにワインを注ぎ、飲むように促してみせる。
重苦しい雰囲気を吹き飛ばそうと精一杯はしゃいでみせるが、どうにも暗いのだ。
松澤はワインを飲まずに見つめるだけだし、相馬は無言で飲むばかりで
この葬式みたいな雰囲気はどうにかならないのだろうか。

「おかわり」
ニュッと目の前に突き出される相馬の腕。
少々ペースが速いようだが気にすまい。
「おお、いい飲みっぷりだなあ相馬、そういう女の子俺は大好きだぞ〜」
「な、何変なこと言ってんのよ、いいから注いで!」
いい感じになってきた。相馬が俺のパーティージョークに反応している。
ふと松澤を見ると……ワイングラスを見つめていたかと思うと一気に飲み始めたのだ。
「おい松澤、酒が初めてなら一気にそんなに飲むと……」
言い終わる間もなく無言で突き出される空のグラス。
これは……おかわりってことなんだろうな……
とりあえずワインを注ぎ足してやると、松澤は俺に向かって
「田村くん、私のこと好き?」
なんて聞いてきやがりましたよ皆さん。
ばかやろう、俺の冗談を真に受けて無茶しやがって。
そんな無茶をしなくとも俺はお前のことが大好きだぞ……とついつい抱きしめてしまいそうになったのだが、
隣で相馬がものすごい形相で空のグラスを突きつけて睨んでくるので――仕方なく引き下がることにした。
ああ、意気地なしの俺。

「だからー、田村は女心ってのが分かってないのよ!」
すっかり酒が回ったのか、真っ赤な顔をして再び矛先を俺に向けてきた相馬。
相馬様、これ以上ボクを責めるのは勘弁してください。

「でも、田村くんは私のことは分かってくれてる」
そう言うのは、マイスウィートエンジェル松澤小巻。
「田村くんは月に帰ろうとする私を地球に引き止めてくれた。田村くんがいるから私はここにいる。」
嬉しいこと言ってくれるじゃないの。感動で目から汗がこぼれてきそうですよ。
「でも、田村くんは……相馬さんのことは分かってあげられないみたいだね」
そう言ってクスッと笑みをこぼす。く、黒い……なんだか松澤が黒いぜ……
よく見てみると完全に目が据わっている。
ばかやろう、酒に慣れてないのに俺が飲ませすぎたからじゃないか。
「あ、あたしだって、田村に助けに来てもらったもん……」
「ふーん」
「あたしが逃げ出したときも、駆けつけてくれたし……」
相馬はしどろもどろになって反論するが、松澤は余裕の笑みを浮かべるばかりだ。
「それに、だって、あたしは田村とキスしたんだもん……」
そ、相馬……お前は今言ってはならないことを言ってしまった!
この一言で松澤も表情が凍り付いて、ぎっと俺を睨みつける。
「も、もしかして松澤さんは田村とキスしてないの?やったー、あたしの勝ちー」
そして勝ち誇ったようにケタケタと笑い出す。

冷や汗が流れてくる。
待て、松澤、あれは相馬に無理やり犯されたんだ……と言おうとするも、
目の前にやってきた松澤の異様な迫力の前には言葉が音となって出てこなくて、
口をパクパクさせる俺の両頬に松澤の手が当てられたかと思うと……

唇が松澤の柔らかいもので塞がれた。
あの松澤が?俺にキスだと?
突然のことに頭が付いていかない。これはどうしたことなんだ。

長い口付けの後、俺から離れた松澤は呆然としている相馬の方を向くと、
「これで、引き分けだね。」
そう言って、静かに笑みをこぼしたのだった。

「ず、ずるい!あたしも田村とキスするんだから!」
しばらく呆けていた相馬だったが、そう言って俺の右手をつかんでくると、
「田村くん、だめ!」
今度はそれを見た松澤が俺の左手をつかんで引っ張り出す。

さながら子を取り合う母の如く両側から俺を引っ張りあう松澤と相馬。
「いてててて、お前ら、やめろ!」
俺は大岡裁きの子供ではないんだぞ。
その上残念なことに、ここには悲鳴を聞いて手を離す心優しい母親もいないとみえる。

いつの間にか二人とも俺の腕に全身でしがみついて、ほとんど抱きつくような体勢だ。
不謹慎ながら、痛みにもだえる中でもそのやわらかい感触を両側から感じて……
「おい、相馬……胸が当たってるぞ……」
「えっ……?いやっ!」
そう言うといきなり手を離した相馬。
俺は松澤の方に倒れこみ、尻餅をつく。
「田村のエッチ!エッチエッチエッチエッチ!」
「ええい濡れ衣だ!お前からその乳を押し付けてきたのではないか痴女!」
「だ、誰が痴女よ!」
だが、俺と相馬が言い争ってるなかで横から聞こえてきた呟き。
「私も当ててたのに……」
なんてことを言いやがりますか松澤さん。

「ふーん、そっか――」
相馬が黒い笑いをこぼす。
「松澤さんの胸ちっちゃいから、田村は分からなかったんだよね?」
「うっ……」
そんなことはないぞ、俺は松澤の柔らかさも十分に堪能していた。
確かに松澤の胸は相馬に比べれば幾分か小ぶりである。
だが、松澤。お前について言及しなかったのは別段他意があるわけではなくて……

色々と言い訳を考えるも、それを打ち破る相馬の一言。
「田村が触りたいなら、少しだけなら触ってもいいよ……」
何だと、相馬!い、いいんですか……?
「そんな、私だって……」
「松澤さんのちっちゃい胸じゃ、田村は満足できないんじゃない?」
ボクはそんなことはアリマセン。おっぱい皆平等。
「田村は、もちろん大きい方が好きよね……」
まあ、確かに大きいに越したことは無いデスガ……

熱っぽい表情をし、俺に向けて胸を突き出してくる相馬。
頭が熱に浮かされたようで何も考えられない。
目の前に、あと少し手を伸ばせば触れられる相馬の双丘を目前にして――

「た、田村くん!」
突然叫びだした松澤。
いきなり俺の手を取ったかと思うと、俺の右手を――自身の胸に押し付けてきた。
手に当たる柔らかい感触。
それが松澤の乳である、ということを理解するのに数秒かかる。
「ままま松澤よぉー、お、おま、おま、ふ、ふ、婦女子がなんちゅうことを……」

これはイケナイことだ。離れねば。
そう頭では思っているのだが体が反応しない。
思考とは裏腹に、手が勝手に力を入れて松澤の胸を揉みしだいてしまうと、
俺の手の動きに従って弾力で押し返される柔らかな気持ちいい感触が脳に伝わってくる。
衣服越しに感じる突起物。
ふと横を見ると、白い物体――ブラジャーが脱ぎ捨てられてあった。

そうか。ブラジャーか。ブラジャーねえ……ということは?
つまり、そういうことだ。松澤は今、『ノーブラ』ということらしい。
ああ、小さくなんかないぞ、松澤。
これだけ柔らかければ俺にとっては十分だ。

「あ……っ……」
松澤から漏れる艶っぽい呻き声。
も、もしかして、これは……
松澤も、気持ちよくなっているのではないだろうか?
もはや我慢できなくなった俺は、松澤の上着をめくり上げて直にその手触りを確かめようと……

「いい加減にしなさい!」
すんでのところで相馬に突き飛ばされた。
机にぶつかり、相馬もろとも倒れこむ。おのれ相馬。いいところで邪魔しやがって。

「何恨めしそうに見てるのよ、このスケベ!」
「へ、スケベとは何だ!男はみんなスケベなんだよ!」
そこに、さっきぶつかった拍子で机から落ちてくる袋の中の小物。
相馬は自分の頭の上に落ちてきた箱をよけようとして――それを見た俺は凍りついた。
「なんなのこの箱?」
それは、今日に備えて、万が一の時のために、薬局の隣の自販機で買ってきた……
「どうしたの、田村?これがどうかしたの?」
俺の態度に不信感を持つ相馬。もしや、その箱が何なのか分かっていないのか?
「い、いいか、相馬、何も気にしないで、それを、俺に渡すんだ……」
まるで爆弾をそれと知らずに手に取った子供から取り返そうとする処理班の如く、
恐る恐る相馬に呼びかけてブツを回収しようとするが……

「田村くん、それってコン……」
「キャアアアアアアアーーーーーー!」
松澤の言葉を遮って大絶叫し、あわててその口を塞ぐ。
ふ、婦女子がそんな言葉を使っちゃいけませんよ!
いや、そもそも松澤がアレの正体を知っていたことの方が驚きなのだが。
相馬に目を向けると――哀れ一巻の終わり。
既に箱を開けて中身を確認し終わっていたところでしたとさ。

「田村のヘンタイ!あ、あんなもの買うなんて……」
真っ赤になってワナワナと震えている相馬。
「だ、誰と使うつもりだったの!答えて!」
そ、そりゃあもちろん……
「私だよね、田村くん」
そう、松澤さんです……って、え?

「田村くんがしたいなら……私はいいよ。私は田村くんの彼女だから」
そういって俺を見つめる松澤。
先ほどからの着崩れた姿がなんとも色っぽくて、目が離せなくて……
「相馬さんはそんなことできないよね、ただのお友達だから」
「そ、そんなことない!あたしだって!」
そう言うと、俺にしがみつく相馬。
「あたしだって、田村になら……何されてもいい……」

赤い顔をしてしなだれかかり、俺に身を任せている二人の少女。
これは、これは、もしかして……
二人まとめて頂いちゃっていいよコースというやつでしょうか?
ああ、父上様、母上様。雪貞は今から大人になります。

どんなに道徳的にいけないことだと分かっていても、この興奮はもはや抑えきれない。
でも、本当にいいのだろうか。
いくら俺を好きだとはいえ、酒の勢いでこんな関係になってしまうなんて……
そんな葛藤も、目の前の少女を見れば吹き飛んでしまう。
その白い足、胸、うなじ、全てが俺を狂わせる。
おっと、鼻水まででてきやがったぜ……と手でぬぐうと――赤い。血か?
何故か視界がぼやける。ぐるんぐるんと世界が回り、立っているのか座っているのかが分からなくなったと思うと、
「田村?」「田村くん?」
そこまでで、俺の記憶は途切れていた。

気が付いたときには既に夕方を過ぎて夜になっていた。
それにしても、興奮しすぎて鼻血を出して気絶したせいで初体験を逃すなんて……なんとも情けなさすぎる。
だが、あのまま関係を持ってしまわなかったことでどこかほっとしているのも事実なのだった。
それは単に決着を付けるのを後回しにしてしまっただけとも言うのだが。

俺が寝ていた間に松澤と相馬は何故か仲良くなっていた。
「ごめんね、田村。お酒飲んでから後のことはよく覚えてないの。」
そう言う相馬だったが、目が泳いでいるので嘘なのだろう。
今後相馬と二人きりになるときは気を付けねば。俺の貞操が危うい。

放っておくと二人ともあの母親に質問攻めにされそうだったので無理やり引き離す。
松澤は今日の夜行バスで帰らなければいけないのだし、相馬も家に送っていかなければならん。
「雪貞、あんたモテないと思ってたけど意外とやるのねえ」
前半部分は余計だ。たとえ事実であっても言わないでくれ。
ええい、青い果実といい、おかんといい、何故女というのはこんなに人のプライベートに立ち入る話が好きなのか。

家を出るときに俺に耳打ちしてくる孝之。
「雪兄、二股ばれちゃったの?駄目だなあ、もっと上手にやらなきゃ。よかったらやり方アドバイスするよ?」
なんて不実な事を言いやがるのか、この弟は。
兄は金輪際お前に恋愛相談はせぬとこの場で誓わせてもらおう。

相馬を家に送り届けた後、俺と松澤は夜行バスの待合室にいた。
「田村くん、今日はごめんね。私が変なことばかり言って……」
「ヘイヨー、松澤、気にすんな!あれは全部酒が悪いんだ!」
そういうことにしておくのだ。今の関係を保つためにも。
「……でもね、田村くん、今度私が来たときは……」
そう言うと、俺に耳打ちしてきて、
「二人きりで会おう。そしたら、今日の続き、してもいいよ……」

今日の、続き。
それを想像した俺は、また鼻血を出して、本日二回目の気絶をして倒れこんだのだった。




※このSSは以前別所に投稿したものの再掲です。


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