とある日の昼下がり、本が堆く積み上がった女子寮の一室にて。
四人の少女がテーブルを囲み、なにやら真剣な表情で向かい合っている。

「さて、全員揃ったことですので始めましょうか」
一人の少女の掛け声と共に、その部屋に集っていた面々が一斉にノートを取り出す。
「今回のお題は『棗×直枝』でしたね。では、三枝さんの作品から見てみましょうか」
「うう〜、ドキドキしますネ〜、こういうの書くのは初めてなので自信ないのですヨ」


「う〜〜トイレトイレ」
今トイレを求めて全力疾走している僕は学園に通うごく一般的な男の子 
強いて違うところをあげるとすれば男に興味があるってとこかナー 
名前は直枝理樹
そんなわけで帰り道にある公園のトイレにやって来たのだ
ふと見ると
ベンチに恭介が座っていた
ウホッ!いい男…
ハッ
そう思っていると突然恭介は
僕の見ている目の前で
制服のホックをはずしはじめたのだ…!


「…………」
これは……と頭を抱えたくなる衝動に襲われる。あまりの酷い出来栄えに言葉も出ない。
途中で読むのを投げ出したくなってしまう気持ちを何とかこらえ、作業のように最後まで読み進めるも結局は徹頭徹尾、某有名漫画そのままの展開であった。
「どうですかネ? これでも一応私の自信作なんですけど……」
これを評価するのは厳しい。少なくとも、美魚の判断基準では評価するに値するレベルにすら達していない作品なのだから。
まあ、それでも初作品ということならば仕方なかろう。そもそも、三枝葉留佳をこの道に引き込んでからまだ日が浅いのだ。
ゆっくりじっくり、長い目で見て染めていけばいいのだ。そのためにも建設的な批評を下してあげるのが後々のためになるだろうと思い、口を開く。

「では……僭越ながら。まず三枝さんはネタとSSの違いが分かっていません。今回のお題はあくまでSSを書くことであって、他の作品の替えネタを発表する場ではありません。丸々剽窃するのはSSとは言えませんから。あと句点はちゃんと打ちましょう。見苦しいです。それにこの元ネタも使い古されたもので、そもそも笑いの要素が強すぎて萌えません。総合的にみると……評価などは無粋ですね」

「うわーん、みおちんにいじめられた! 姉御、私を慰めて〜」
およよ、と作り泣きで来ヶ谷に縋る葉留佳。
少し言い過ぎてしまったのだろうか。また自分の悪い癖が出てしまった、と美魚は思う。
とはいえ小説やBLなど、趣味の分野に掛けては妥協を許さず多弁になってしまうのは、どうしても抑えられないことのである。

「……こほん。では、気を取り直して次は来ヶ谷さんの作品を拝見しましょうか」
「ふふふ、驚くがいい、西園女史」


「四つん這いになれよ、理樹」
「なれば学生証を返してくれるんだね?」
恭介の卑劣な要求にも抗う術を持たない理樹は、言われるままに全裸になって四つん這いとなり、その穢れ無き菊門を晒してしまっている。
「お前初めてかここは、力抜けよ」
「お願いだから、やめてよ恭介!」
「汚い穴だなぁ」
「アッー、アッー!」


「…………」
これもまたなんなんだ、と絶句する美魚。
葉留佳に比べればまだ完全な模倣でないだけましではあるが、こんなネタ臭満載のSSを見せられても美しくない。
「どうしたのかね西園女史、あまりの素晴らしい出来に言葉も出ないと見える」
確かに言葉も出ない出来栄えだが、それはまた別の意味である。
もし発表する場所が違えばこの作品も受け入れられるかもしれないが、少なくとも自分が意図したものとはかけ離れている内容なのだ。

「では……僭越ながら。来ヶ谷さんも三枝さんと同様、ネタとSSの違いが分かっていません。元ネタにアレンジを加えている小洒落た出来栄えであることは否定しませんが、それはあくまでネタとしての要素であって、カップリングとしての美しさは皆無です。それに、後半では直枝さんが一転攻勢に出て恭介さんを下にして犯し始めているのも大きな減点要素です。今回のお題はあくまで『棗×直枝』であって、『直枝×棗』ではないのですから。総合的にみると……これも評価などは無粋ですね」

またもや雄弁に語る美魚。熱く煮えたぎる主張をぶつける彼女を前に、来ヶ谷はやれやれといったように首をすくめて見せている。
「ふむ……西園女史の求める水準はかなり厳しいと見える。やはり私には細々とした妄想は性に合わんな、可愛い子は直接愛でてこそその素晴らしさを堪能できるものだ」
「そうですか……来ヶ谷さんにはこの趣味を理解していただけず残念です」
ああ、彼女を同道に引き込むのはまたも失敗か。残念ながら、自分とは根本的な見解の相違があるらしい。
以前も語り合ったことだが、どうやら彼女にとって、妄想の萌えと美というものは実践に遠く及ばないことであるらしいのだから。

「では最後に、能美さんの作品ですね。ノートを拝借します」
「どきどき……おてやらわかにお願いします」


「待ってたぜ、理樹。さあ、今晩も寝かせてやらないぜ」
「そのことなんだけど、恭介……もうこんな関係は終わりにしようよ。僕、Kと結婚することにしたんだ……」
「何だと?俺との関係は遊びだったというのか?」
「僕はあの子のことが一番大切なんだ。もう恭介とは付き合えないよ」
「許せねえ!犯してやる!」
「痛い、痛いよ恭介! ああ、ごめんよK、僕は犯されてしまうんだ!」


「どうでしょうか、西園さん?」
不安そうな目で自分を見つめる小柄な銀髪の少女。
きっと彼女なりに一生懸命書いた作品なのだろうが、自分が求めているものと比べるとどうしても大きなギャップがある。

「では……僭越ながら。まず実際に行為に及んでいるのは『棗×直枝』ですが、最後は直枝さんと名前だけ登場する婚約者がよりを戻して愛を確かめ合うストーリーとなっています。これは広義の寝取られといって、必ずしも万人受けする内容ではないと言われています。そして恭介さんが強引過ぎます。愛が無い、ただのレイプです。それはそれでアリなのですが、今回のテーマにはそぐわないと思います。何しろモデルが身近な三次元の媒体なのですから、元の彼らのキャラクター性を生かすSSを書くべきです。それに、婚約者の存在は不要でしたね。能美さんは最後までヘテロセクシャルのイドラに囚われている蒙から抜け出せなかったようです」
「は、はあ……ごめんなさい、最後は言ってることがよく分かりませんでした……」

きょとんとした顔で、訳が分からず困惑しているような表情を見せている。
彼女もまた、この趣味を理解するには早すぎたのだろうか。だが、それを乗り越えなければボーイズラブのイデアに到達することはできないのだ。
それに、このSSに登場する『理樹』は最後まで婚約者『K』への愛情を忘れていない。きっとこの『K』という存在は、彼女自身と重ね合わせて書いたものなのだろう。そのことが気になって、どうしても純粋にSSを読むことができなかったのだ。
もちろんそれは、例えSSの中とはいえ彼を他の女に渡したくはなかったというささやかな嫉妬心からくるしこりである。それが分かっていたからこそ、あえてこの件に関しては批評の中で言及しなかったのであるが。

「では……次回は私の作品を披露したいと思います。偉そうに批評しておいてなんですが、私も素人なのであまり期待しないでくださいね」
「次はみおちんですか……いよいよ大御所登板ですネ」
「あれほど言ったのだ、是非とも西園女史の妄想の美学とやらを見せてもらおうじゃないか」
「わふー、ボーイズラブの道は高くて険しいのです……」

 * * *

「理樹、朝からご機嫌だなあ」
「うむ、浮ついていて心ここに在らずといったところだな」
恭介と謙吾に相次いで指摘される。そんなに分かりやすいくらい僕は浮かれているように見えるのだろうか。
「ああ、理樹は今日の放課後に西園とデートするんだってよ」
「ちょっと、真人! やめてよ、もう……」
もう、こういう時に真人のデリカシーの無さには困らされる。
もちろん僕と西園さんの仲はメンバー中では公然のものなのだけど、面と向かって冷やかされるのはまだまだ恥ずかしい。

「ごちそうさま、あたし帰る」
「おい鈴、どうしたんだ? もっとゆっくりしてけよ?」
「もういい、じゃあな」
ごちそうさまの挨拶もそこそこに、一人でトレイを返却口へと持って行き帰ってしまう鈴。
「何だあいつ、いきなりどうしたんだ?」
「真人、お前は本当にデリカシーに欠けてるな」
「んだと謙吾? やるってのか?」
「まあ待て真人、今のはさすがにお前が悪い」
「恭介まで、なんだよ、また俺が悪いってのかよ」

今度は真人が拗ねだした。後で真人のことをなだめておかなくちゃ。
それにしても、鈴は最近西園さんの話になるとよくこんな態度を取る。以前、鈴が僕の妹みたいだと皆に言われたことがあったけど、おそらく仲のいい兄が他の女の子に取られてしまった気がしてやきもちを焼いているのだろう。
(まあ、それだけじゃないだろうがな。乙女心は複雑怪奇ってやつさ……)
「ん? 恭介、何か言った?」
「いや、何も言ってないぜ。さあ、遅刻するからさっさと学校に行くぞ」
恭介が何か呟いていた気がするけど、僕の空耳だったのかな。

 * * *

さあ、いよいよ待ちに待った放課後だ。これから西園さんとのデートが待っている。
西園さんと話をしようと席に向かおうとしたら、いつものように騒々しく葉留佳さんがやってきた。
「やはー、みおちん、修正版できたから持ってきましたヨ。あと理樹くん、これ前に借りてたノートね」
ほい、とノートを手渡され、葉留佳さんは西園さんと二人で話しこみ始める。
こういう状況は、蚊帳の外に置かれた気がして疎外感を感じてしまうなあ。手持ち無沙汰になったので返されたノートを何気なく開いてみると、書いてある文字がどうにも見慣れない書き手によるもなのだ。
もしかして、葉留佳さんがノートを間違えて渡したのだろうか。
そして、特に目を引かれたのが『棗×直枝』の文字。これは何だろうか? 僕と恭介? それとも鈴?
単純な好奇心から続きを読んでみると、そこに書かれていたのは恐るべくもおぞましい小説だったのだ。

「ふむふむ、『しゃぶれよ、理樹』か。何だこれは、たまげたなあ……」
「わっ、恭介!」
と、突然背後から聞こえる恭介の声。いつの間にか、僕の読んでいたこのノートを覗き込んでいたらしい。
「理樹、残念だが俺はお前の気持ちに応えることはできない。お前のことは大好きだが、こんなセクシャルな関係になることは……」
「ち、違うってば、これは僕のじゃなくて、葉留佳さんのノートなんだってば!」
そんな僕らの騒ぎに気付いた葉留佳さん、ついでに西園さんまでが血相を変えて僕らに襲い掛からんばかりに近寄ってくる。
「もしかして理樹くん……ノートの中身、見ちゃった?」
「うん……ごめん……」
何となく被害者はこんなものを書かれた僕の方じゃないかなとは思いつつも、勝手に中身を見てしまったのは事実だし、一応謝っておくことにする。
すると意外なことに、葉留佳さんは驚くほどあっさりと罪を認め、殊勝な態度で頭を下げてきたのだった。
「あ……ごめんなさい、全部私が一人で書いたの。だから……本当にごめんなさい!」
「いやいやいや、葉留佳さん……」
「おっと、そこでストップだ。三枝にはちゃんと俺が説教しておくから、理樹は先に帰ってろ。これからデートなんだろ?」
「でも、恭介……」
「いいから、お前は先に行ってろ。西園を待たせておくつもりか? この話はお前も冷静になってからまた後ですればいいさ、それまでこの件は俺が預かっておく」
そんな、恭介だって当事者じゃないか。釈然としないながらも、促されて教室を追い出されるように退出する。
どうにも後味が悪いけれど、きっと恭介ならば僕とは違ってちゃんと葉留佳さんに言うべき事は言ってくれるはず。
それに、言われた通りいつまでも西園さんを放っておいて待たせるわけにもいかないし。

 * * *

「それにしても、葉留佳さんが僕たちのことをそんな目で見てたなんて……ちょっとショックだったな……」
「…………そうですか」
「確かに僕と恭介は仲がいいけど、まさかそこまで誤解されてたなんて……」
西園さんと並んで街中を歩いていても、先ほどのことがまだ尾を引いて気分が弾まない。
そんな僕の気分が移ってしまったのか、西園さんまでいつも以上に口数が少なくなってしまい、お互い無言になって歩き続けるだけになってしまう。
「あ、ごめんね、西園さん。愚痴なんか言っても嫌な気分にさせちゃうだけだよね」
「いえ、いいんです……」

結局その日はずっと西園さんは浮かない顔を続けたままで、会話も弾まないのでデートも早々に切り上げて寮に帰ることになってしまった。

「じゃあ、ここでお別れだね……また明日ね。あと、今日は変なこと言ってごめんね」
「…………」
ずっと無言の西園さん。きっと、僕があんな話をしてしまったから機嫌を損ねてしまったのだろう。
明日、また出直そうとして寮に帰ろうとすると、
「……待ってください! 話があるんです……」
思いつめたような西園さんに腕をつかまれて、半ば強引に女子寮の部屋に連れ込まれてしまったのだった。

日もとうに沈んでおり、窓の外は真っ暗なこの時間。
そんな時間に彼女の部屋に二人きりというこの状況は本来ならばとてもドキドキするはずなんだけど、西園さんの態度を思うと素直に喜べない。

「直枝さん、今から本当のことをお話します」
真剣な、それでいて弱々しい眼差しで僕に相対する西園さん。
何を言われるのだろうか。もしかしたら、僕に愛想を尽かして別れ話を切り出されるのかもしれない。
そんな恐れを感じ身構えて西園さんの言葉に聞き入ろうとするが、聞こえてきたのはなんとも意外な真実だった。

「直枝さんが見ていたあのノート、実はあれは私が三枝さんに書くように言ったものなんです」
「えっ……? 西園さんが?」
どういうことなんだ。寝耳に水の真相告白。
第一、何で西園さんがそんなものを書かせたのだろう。そもそも僕たちは付き合っているんじゃなかったのか?
それなのに、僕と恭介があんなことをしている話を書かせるだなんて……

「全部お話します……私の秘密を……」

 * * *

「……そうだったんだ」
初めて触れた衝撃的な世界。
身近な人が見せた未知との遭遇に、言葉では分かっていても感情が追いつかずに理解を拒んでいる。
そんな趣味を持つ人がいることは知っていたけれど、まさか実際に自分が、しかも彼女だと思っていた人によってその対象にされるだなんて。

「私って最低ですよね……彼氏がいるのに、その相手に対してこんな妄想をしてしまうなんて。軽蔑するでしょう?」
「軽蔑はしないけど……なんていうか、とにかく驚いたよ」
「直枝さん、そういうときは『驚いたよ』ではなく『たまげたなあ』と……いえ、何でもありません、忘れてください」

……? そういえば、さっきも恭介がたまげたとか言っていたような。
まあ、そんなことはどうでもいい。今は自分の気持ちを整理して確かめるのが先決だ。
まず最初に、僕は西園さんが好きなんだ。うん、これは間違いない。たとえ西園さんがどんな趣味を持っていようとしても。
でも、一つだけはっきりさせておきたいことがある。西園さんは……本当に僕のことが好きなのだろうか。もしかしたら、単に僕と恭介の関係が彼女の言う『萌え』の対象の一環としてしか見られていなかったのかもしれない。
「言っておくけど、僕は西園さんがどんな趣味を持っていても嫌いになることなんてない。でも、一つだけ聞かせて。西園さんにそういう趣味があるのは分かったけど、だったら僕のことを好きって言ってくれたのは、もしかしてその趣味が理由で……」
「それは違います! そんなことはありません! 私だって……こういうものも書くんです……」

僕だってこんな言い方はしたくない。でも、どうしてもこれだけは聞いておかなければならないことなんだ。
すると西園さんは、泣きそうな顔で真っ赤になって一冊のノートを突き出してくる。これも読めってことなんだろうか?

 * * *

…………たまげたなあ。
清楚そうな西園さんが、こんな少女趣味で耽美な官能小説を書いて僕との関係を妄想していたとは。

「本当にごめんなさい。私のこと……嫌いになりましたよね」
「いや、それは最初に言ったとおり、僕は最初から西園さんを嫌ってなんかいないし、今でもずっと好きなままだから、でも……」
そう。これはちょっとした疑問。
「西園さん、こういう小説って他の人もモデルにして書いてるの?」
「それは、ごくたまに……。でも、私や直枝さんが登場する男女CPはこの組み合わせ以外ありません。だって……私が他の男の人とそんなことをするなんて想像できないし、直枝さんが他の女の人とそうなるのも絶対に嫌ですから」
何だかよく分からない。独占欲を持ってくれるのは嬉しいのだけど、だとしたら先ほどの恭介との小説はなんだったのだろう。

「男だったらいいんだ?」
「それはそれ、これはこれ。ボーイズラブは別腹ですから」
西園さん、お菓子じゃないんだから。何となく小毬さんのことを思い出してしまい、ついつい小さく吹き出してしまう。
「直枝さん、笑いましたね? ずるいです、私だけいやらしいことばかり考えていると思われるのは心外です」
「いや、今のは別のことを思い出しただけだからね」
いくらフォローしても、膨れてしまった西園さんは一向に機嫌を直してくれそうにない。
でも、西園さんだって本気で怒っているわけではないのだ。これはきっと、恋人同士のじゃれあいの延長。
今まで彼女といい空気になったときも、僕らの会話はこんな調子だったのだ。
いつもの調子を取り戻した僕らの間からは、もうさっきの重苦しい空気はすっかり吹き飛んでしまっていた。

「ああ、もう、分かったよ。西園さんはいやらしくない、それでいいよね?」
「そうです。直枝さんはきっと、私以上にもっといやらしい想像をしているような人なんですから」
西園さん、意外とムキになって可愛らしいところもあるんだなあ。
そう思ってニヤニヤと彼女を眺めていると、さらに熱くなってとんでもないことを言い出してくる。
「そうです、直枝さんだって私とエッチなことをしてるのを想像して、あんなこととかこんなこととかをしているんでしょう、きっとそうなんです」
「そ、そんなこと……ううっ、あるかも」
否定できなかった。だって、ここで否定したら、また西園さんが私には魅力がないと言いたいのか、なんて絡んできそうな展開だったから。
それに、昨日も真人が寝静まった後の夜に……その、西園さんを想像して致してしまったわけで。

「ほら、その、僕たち同じようなことを考えてる似た者同士なんだね、ははは……」
自分でも滅茶苦茶なことを言っているのは分かるけど、そうでも言わないと恥ずかしさが抑えきれない。

「直枝さん、本当に……想像してたんですか? したんですか?」
「うん、そ、そうだけど……」
お願いだから真顔になってそんなこと聞かないで、西園さん。そんな表情を見せられたら、変な気分になってきそうだから。
「だったら、私たち、本当に同じことを考えてたんですね……」
「あはは、そうだね。だったら、あとは行動あるのみだよね……?」
僕のその言葉を聞いて、西園さんはそっぽを向いて俯いてしまう。ああ、僕は何てことを!
言ってから物凄く後悔した。いったいどうして僕はこんな冗談を言ってしまったのか。これじゃ単なるセクハラ親父じゃないか。

「あ、あの、西園さん? 今のは、その、えーと……」
「その、直枝さんがよければ、私も、その、直枝さんと……」
言葉を発したのは同時だった。
それにしても、今、西園さんは何て言っていた?
僕の耳が確かならば、僕の提案に対して非常に肯定的な答えが返ってきたような……?

「あの、西園さん? さっき、何て言ったの?」
「直枝さんは酷い人です。女の子がいいといっているのに、何度も同じ事を言わせるなんて。羞恥プレイです」
「あ、ご、ごめんね」
「私、先に、シャワー浴びてきますから……」

――これ以上の話は詳しくは語らないでおく。
でも、こんなわけで突然訪れた僕の初めての甘美な体験は、夢のような感覚と共にその日の夜遅くまで続いていたのだった。

……そして帰路、女子寮を抜け出すまでにはまた言い知れない苦労があったわけなのだけど。

「おう理樹、遅かったな。ってどうした、何かあったのか?」
「ははは、真人、僕は汚れちゃったよ……」
「何があったのか分からねえが、とにかく風呂行こうぜ。体を流して筋肉の汚れも綺麗さっぱりってもんだ」
「そうだね。でも、僕はもう真人とは違うんだよ……」
「汚れた汚れたという癖に、何だか嬉しそうだな、理樹?」

 * * *

後日、また本が堆く積み上がった女子寮の一室にて。
「うわぁ……エロエロですネ……」
「おお……これは……」
「わふー、いやらしいのです……」

どうやら自分の作品は大好評のようだ。
それもそのはず、彼とのあの出来事以来、本来出す予定だった原稿を大幅に書き直してより扇情的でエロティックな文章に書き換えたのだ。
もちろん、その描写があの夜と、その後数回の実体験を参考にしたものであることは言うまでもない。

感嘆する三人を目の前にして、美魚は一人自嘲する。ボーイズラブを吹聴する自分だが、その趣味が彼との関係をより深いものにする切欠となったのは皮肉なものだ、と。
もちろん、彼との関係が進展した事実を知るものは誰もいない。そう、当事者たる彼と彼女を除いて、誰も。





後書き

index

inserted by FC2 system