警告。このSSはアニメ版「School Days」のネタバレを微妙に含みます。












「というわけで、リトルバスターズで映画を作ろう」
「いや、恭介、いきなり前置き無くそんなこと言われても困るから」
相変わらず突然突拍子も無いことを言い出す恭介。
いきなり映画なんていわれても、しかも何が「というわけで」なのかも分からないのに。
「実はもう脚本も配役も決まっている。印刷してあるから全員これを読んでくれ」
「はあ……恭介は強引なんだから。もういいよ、いつものことだから諦めるよ……」
恭介に逆らえないまままた流されてしまう僕たち。
そんな僕の不安とは裏腹に、他の女子メンバーは恭介のこの企画に興味津々のようだ。

「わふー! 面白そうなのです、タイトルは……『すくーる・でいず』ですか?」
「そうだ。主人公は直枝理樹。優柔不断な性格の持ち主だが、心根は優しく、面倒見がいい性格だ」
何で僕が主演なんだろう?
主演なら舞台映えのする恭介か謙吾が相応しいんじゃないかと思いつつ、恭介から渡された脚本を流し読みする。
「ダブルヒロインのお話なんですネ。私とみおちんがメインですか〜」
「……これは何かの羞恥プレーでしょうか?」
西園さんの指摘も尤もだ。そう、この台本の登場人物の名前。
「恭介、なんで登場人物の名前が僕らの名前そのままになってるのさ!」
「いや、原作そのままだと権利の問題や昨今の殺人事件の影響もあってな」
訳が分からない! 何で恭介はそんな殺伐な話を選んだのだろうか?
しかも読み続けているうちに、この主人公はかなりの最低人間だということも分かってきた。
平気で二股をかけ、優柔不断な態度で女の子を振り回し、最後には自業自得の結末を迎えている。
「理樹君は最低だな。いたいけな少女をとっかえひっかえしてハァハァしてるんだろう」
「ふえ〜、こんな理樹くん嫌だよ〜」
散々な言われようだ。
もちろん台本の中の『直枝理樹』のことだとは分かっているが、それでも気分のいいものではない。

 * * *

「ところで恭介、この配役ってミスキャストじゃないかな?」
一通り台本を読み終えてみての感想。
僕……はもう仕方が無い。真人はイメージに合わないし、謙吾は主人公の友人役で、恭介は監督に専念するため劇には出ないから主人公役には僕しか残っていないのは分かる。
西園さんの幼馴染のちびっ子が鈴とか、友人役が今の壊れた謙吾ってのはまあいいとしても、主人公への愛情と嫉妬で精神を病む内気なヒロインが葉留佳さんで、主人公を寝取る腹黒い快活なヒロインが西園さんというのは……どうにもイメージが合わない。
むしろ逆の方がイメージに近いのではないだろうか。
それに、通称「イカリング」の子が来ヶ谷さんというのもちょっと想像しにくいと思う。

「そうか? 俺はこの上ない最適なキャストだと思ってるぜ」
「えー? 僕にはそう思えないよ」
そういうなら、その根拠を聞かせてもらいたいものだし。
「まず三枝だ。一見何も考えてない悪戯好きのようだが、その内面に抱える心の闇と狂気、そこに俺は注目した。この役においてはメンバー中で三枝に勝る人物はいないと言っていいだろう」
「またまた、適当なでまかせを……葉留佳さんも何か言ってやってよ」
葉留佳さんに同意を求めようと視線を向けると、何故かばつが悪そうに目をそむけて挙動不審な様子。
恭介の言葉に思い当たることがあるのかな? まさかね。

「西園と来ヶ谷は演技力に期待だ」
「演技力って、そんないいかげんな……」
「違う! 私と理樹は愛し合って! 二人の気持ちは一緒だったんだから!」
突然聞こえてきた台詞に皆がぎょっとする。今の台詞……西園さんだよね?
普段の西園さんらしからぬその迫力と演技力に、恭介以外の全員があっけにとられていた。
「ちょっと練習してみました」
皆が驚いている中で、平然と普段の調子に戻ってすましている西園さん。
「どうだ、俺の見立ては間違っていなかっただろ?」
「あ、うん、そうだね……」
ごめんよ恭介、西園さん。間違っていたのは僕だった。
この役は今回の一番のはまり役だったのではないのだろうかと思う。

 * * *

来ヶ谷さんも恭介の言うとおり優れた演技力を見せ、撮影は順調に進んでいった。
もちろん役作りのために髪型をイカリングに変えていたけれど、その似合わなさは実に破壊力抜群。
本人もそれを気にしていたようで、皆が笑いをこらえている中で空気を読まない小毬さんがゆいちゃん可愛いよと言って来ヶ谷さんに報復されたのはちょっと気の毒だったけど。

そういえば途中、駅のシーンでリアリティを出すために本当にキスしろと言われたときは驚いてしまった。
僕がうろたえて戸惑い続けているうちに西園さんが強引に……思い出すだけで顔が赤くなる。
僕のファーストキスは西園さんに奪われてしまったけど、西園さんは何も感じていないのだろうか?
さすがに濡れ場は恭介曰く「全年齢版仕様だ」ということで取らなかったけれど、際どいシーンはやはりあるもので……健康な高校生男子にとっては非常に目の毒。
恭介には散々役得だなと冷やかされたけど、恥ずかしさばかりが先立ってそれどころではなかったのが実情だった。

「今だけ……西園さんのことを嫌いになった理樹くんでいて下さい」
「僕美魚のこと嫌いになった訳じゃないから、 うまく言えないかもしれないけど……最高だ、葉留佳、美魚よりずっと良い、葉留佳のこの大きくて柔らかい胸に比べたら美魚のなんて物足りな、ううう……」
「カーット!」
またNG。このシーンのNGは7回目だ。
「理樹くん、ちゃんとやってくださいヨ、私だって恥ずかしいんだから」
「ごめん、でも、やっぱりこの台詞は言うのが恥ずかしくて……」
さすがに、この台詞はまともな高校生男子が言っていい言葉じゃないと思います。
「駄目だな、理樹。照れが入るのは変に三枝や西園を意識しているからだ。ちゃんと役になりきれ! お前が演じているのは最低二股高校生なんだぞ!」
そう言われても……恥ずかしいものは恥ずかしいし……
「直枝さんが恥ずかしいと思ってるのは、台詞の中身を現実の私たちと重ね合わせてるからではないでしょうか?」
「あ、それはあるかも。やっぱり役名が名前と同じだとどうしてもね」
「だったら直枝さんは私の胸が小さくて物足りないと思ってるんですね、変態です」
「そ、そんなこと言ってないってば!」
確かにそんなことは言っていない。
でも、口には出さなかったけど内心では実際にそう思っていたことまでは否定しません。

「理樹ならここにはいないよ」
「何を言ってるんですか? 私たち、恋人なんですよ?」 
対峙する謙吾と葉留佳さん。
謙吾の演技も堂々たるものだけど、それ以上に葉留佳さんの目が怖い。
なんというか、希望の無い虚ろな目で、まるで本当に精神を病んでいるかのような表情なのだ。
葉留佳さんがこんなに演技が上手かったなんて、隠れた才能に驚かされてしまう。
「ウソじゃない! あいつは、理樹は君を裏切ってる! お、俺……三枝さんが好きなんだよ……好きなんだ!」 
そして中盤の山場、フォークダンスを踊る僕と西園さんを傍目に謙吾が葉留佳さんに抱きついてレイプするシーン。いや、これはさすがにフリだけしか演じないけれど。
とその時、バチンと小気味いい音と共に謙吾に葉留さんのビンタが炸裂する。
「カーット! 三枝、何やってるんだ!」
「やはは、謙吾くんの鼻息が荒くて、つい」
……謙吾も大変だなあ。そして、この映画が公開された時にはきっと謙吾も嫌われ者の汚名を背負うことだろうに。

ちなみに台本では僕が葉留佳さんや西園さん以外にも手をつける場面があったのだけど、恭介曰く編集の都合ということでそれらのシーンは飛ばされた。
出番を減らされた鈴や来ヶ谷さんは不服そうだったけど、僕としてはこれ以上気苦労の多い演技を続けるのは疲れるので願ったり叶ったり。
そんなこんなで、さんざん皆にいじられて(特に来ヶ谷さんに)、ようやく撮影終了。
僕が妊娠した西園さんを捨てたことで錯乱した彼女に包丁で滅多刺しにされ、それを見つけた葉留佳さんが西園さんを呼び出して鉈で惨殺するシーンでエンディングだ。
それにしても、西園さんの好演や葉留佳さんの狂気は真に迫るものがあって凄まじい内容だったと思う。
というか葉留佳さん、模造鉈で西園さんを切りつける時に薄ら笑いを浮かべていたのは演技だよね? 地じゃないんだよね?

「よーし、これから打ち上げだ!」
恭介の号令と共に皆で撮影終了を祝っての記念パーティー。もちろん話題の肴は先ほどの映画のことであって、特に僕とのキスシーンを演じた葉留佳さんと西園さんに矛先が向けられた。
それにしても、撮影中僕はずっと意識しっぱないだったのだけど、二人は一体何を考えていたんだろうか?
何を思って、軽々しく僕とのキスシーンを承諾したのだろう?
いくら考えても結論は出なかったので、結局僕はそのことを考えるのをやめてしまった。
そう、きっと二人とも映画の撮影に熱心だっただけなんだろう。そうに違いない。うん。

 * * *

後日。
「あの時の映画、なかなか好評だったみたいだね」
編集されて寮で公開された映画は、素人が演じたにしてはなかなかの評判だった。
もちろん『西園美魚』や『宮沢謙吾』、そして『直枝理樹』の嫌われっぷりも予想通りで、何度も観客から「理樹死ね」と言われるのが辛かったけれど。
そしてこの成功に気をよくした恭介は、観衆の前でまた映画を撮るぞと大見得をはったのだが。

「それで、次は何を撮るのか決めてるの?」
「ああ、鈴のたっての希望でな、これにすることに決めたよ」
そう言うと、脚本を手渡してくる恭介。準備が早いなあ。
「これは……『サマー・デイズ』?」
「そうだ、前回のパラレルワールド、とでも言うべき内容だな」
またこれですか。ちょっと陰鬱な気分。
いや、役得が多いのは事実だけど、それはそれで気苦労も多いんだよ?
また次も僕は嫌われ者で、最後には殺される羽目になるんだろうなあ……

「今回は悲惨な結末にはならないぞ、むしろハッピーエンドで終わるし、理樹のヘタレさも多少は緩和されてる」
「多少って言っても、元があれじゃねえ……」
「まあそう言うな、せっかく鈴がやる気になっているんだし、兄としては応援してやりたいんだよ」
鈴がやる気か……前回はあれほどやる気がなさそうだったのに、どういう心境なんだろうか。


「それとな、鈴が言ってたぞ。『はるかとみおばっかり、ずるい』ってな」




※このSSは以前別所に投稿したものの加筆修正版です。


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