「さて、今日は何をして遊ぶんだ?」
「謙吾、最近はずいぶん遊びに熱心になったね……」
以前は渋々僕らの夜の集まりに付き合っていたようなところもある謙吾だけど、退院以来人が変わったかのように積極的に遊びに参加するようになっている。
もっとも、最近のその変わりようには戸惑わされることも多いのだけれど……

「よーし、じゃあ俺の考えた謝筋肉祭でもすっか!」
「なに? それはどんな祭りなんだ?」
謙吾が真人の馬鹿な話に乗ってきてる……
しかも謝筋肉祭は僕の発案なのに、いつの間にか真人が考えたことにされてしまってるし。
昔の謙吾はこんな真人を鼻で笑い飛ばすような係だったのだけど、いったいどんな心境の変化があったんだろう。

「ふんっ、ふんっ、ふんっ……」
「俺の、筋肉が、うなる! うなりを上げる!」
ほどなく聞こえてくる二人の荒い鼻息の音。
どうやら謝筋肉祭といってもやってることは単なるスクワットの競争のようだ。
それにしてもこの部屋でスクワットをされると僕のいるスペースが余計に狭苦しいし、二人の発する汗と熱気で部屋の中が暑苦しい。

「静かにしろぼけー!」
「ぐあっ……」
鈴も耐え切れなくなったのか、スクワット中の真人にハイキックを炸裂させる。
「あたしは勉強中なんだぞ。もっと静かにしろ」
「え? 勉強中……?」
そんな鈴が読んでいるのはちょっと前に流行った有名なラブコメ漫画。漫画を読みながら勉強中とは一体何のことやら。
暇つぶしに読んでいたのかと思っていたけど、改めて様子を伺ってみるとやけに真剣な顔をして食い入るように漫画を読み漁っている。
そういえば、鈴がこの手のラブコメを読むのも珍しい。鈴が好む漫画は少年誌に載っているような王道のバトルものだったはずなのに。
訳が分からずきょとんとしていると、恭介が笑いを抑えきれないような表情で僕に耳打ちをしてきた。

「鈴はな、漫画で恋愛の勉強をしてるらしいぞ」
……そういうことか。一見微笑ましいことかもしれないけれど、その鈴への影響を考えると頭が痛くなってくる。
恭介は単純に面白がっているけれど、鈴が変な知識をつけてそのとばっちりを受けるのはいつも僕なんだ。
最近の鈴は時々突拍子も無くお米券を渡してきたり、たいやきを食べながら僕に突撃してきたことがあったけれど、きっとそれも漫画で覚えたことなんだろう。そう考えれば納得だ。
「どうだ理樹、鈴の勉強の成果はちゃんとあらわれてるか?」
恭介がニヤニヤしながらここぞとばかりに僕を冷やかしてくる。
ああ、そうだよ恭介。その成果は変な方向にちゃんと反映されているよ。

「あれ? いつの間にか寝ちまってたのか……」
鈴のキックを受けてダウンしていた真人がようやく目を覚ます。
それにしても、あの攻撃を受けて「寝ちまってた」で済ます真人はどれだけ頑丈なんだか。

「ところで真人、さっきから気になっていたんだがお前の机の上にあるあの便箋は何だ?」
謙吾が指差した方向を見てみると、確かに真人の汚い机には似つかわしくない可愛らしいデザインの封筒が置いてある。
真人が手紙なんて書くはずが無いし、誰かから渡されたのかな?
「おっとそうだ、こいつを忘れていたぜ。謙吾、ほらよ、隣のクラスの女子がお前に渡してくれってさ」
「何だと? またなのか……」

予想通りというか何というか、あの封筒は謙吾へのラブレターらしい。
女の子から好意を寄せられるのは普通の男だったら嬉しがる状況だし、僕も少し謙吾のことを羨ましく思うけれど、やっぱり謙吾はいつものように苦い顔をするばかりだ。
「謙吾、やっぱり今回も断るんだよね……?」
「ああ、相手には悪いが軽々しい気持ちで付き合うわけにはいかないからな」
これだけ人気があっても、毎回のように断っている謙吾。おかげで、今まで僕の知っている限りでは浮いた話なんて一つも無い。
そんな硬派なところがかえって女子の人気を集めている理由の一つなんだけれど。

「なあ謙吾、いきなり断るんじゃなくて、せめてその子と少し話でもしてから決めてみてもいいんじゃないか? もしかしたら、謙吾の好みのタイプの子かもしれないだろ?」
と、今まで黙って漫画を読んでいた恭介が横から口を挟む。
「ふむ……恭介がそんなことを言うとは珍しいな」
「そうだね、今まで謙吾の恋愛関係の話には口出ししてこなかったよね」
「まあ、最近俺も思うところがあってな……そろそろ、謙吾も男女交際ってのをもっと柔軟に考えてもいいんじゃないか?」
思うところというのはやっぱり僕と鈴が付き合い始めたことなんだろう。
それに、恭介の言うことには僕も同意する。謙吾はそういう色恋沙汰に潔癖なところがあるし、軽い付き合いというのができないのかもしれない。

「で、謙吾。お前はどうするんだ? 返事の前に一度会ってみるのか?」
「いや、やはり断るつもりだ」
恭介の説得にも意思を変えない謙吾。
「謙吾、お前も強情な奴だな。何か女子と付き合いたくない理由でもあるのか?」
恭介はそう言うけれど、僕はなんとなく謙吾の気持ちが理解できる。きっとその理由も、以前の僕と同じものだろうから。

「なんて言えばいいのか。今は興味がないんだ」
そう言って、一呼吸置いて僕たちを見回して言葉を続ける謙吾。
「俺はな、今のお前たちとの時間を大切にしたいんだ。もっとお前たちと遊んでいたいんだよ」
そう、謙吾のその気持ちはよく分かる。僕だって、この仲間たちとの時間は何よりも大切なものだ。
それに、僕は鈴と付き合ったからこそ仲間と恋愛を両立させることができたのだけれど、仮に他のよく知らない女の子から告白を受けたとしたらどうしただろうか。そうなった場合、やっぱり謙吾と同じく断っていたのだろうと思う。
……何故か杉並さんのことが頭に浮かんでくる。彼女とは接点が全然無いはずなのに、突然どうしたんだろう。

「でもよ、そんな事言ってたら一生彼女なんてできないぜ?」
「俺は何も一生女性と付き合わないとは言っていないぞ。ただ、今はその気が無いというだけだ」
「ほほう、今は……ってことは、将来的には彼女が欲しいと思ってるんだな?」
何だか今日の恭介は珍しく食い下がるなあ。修学旅行の夜でも無いのに、そんなに色恋の話がしたいんだろうか。

「俺のことはどうでもいいんだ。そういう恭介はどうなんだ?」
「そうだよ、謙吾のことばかり言うけど、恭介だってもてるのに彼女がいないじゃない」
そう、恭介だって謙吾と同じくらい人気があるのに色恋沙汰の話は聞いたことがないんだから。
「む、俺か。ふむ、俺はだな……」
「ロリ好きなんだろ?」
その一言で、冷たい空気が場に流れる。
恭介の発言を遮って、ごく自然に横槍を入れる真人。こういう時の真人の空気の読めなさ加減は一級品だ。
揶揄するのでもなく、冗談を言っている訳でもなく、本気でそう言っているのだから。

「何でだよ! 別に俺はロリじゃねえっ!」
「別にいいじゃねえかロリでもよぉ。オレぁ気にしねえよ」
まずいなあ。これ以上真人を放っておくとまた余計なことを言いそうだ。

「ま、まあ、僕も恭介がロリだからって気にしないからさ……」
「気にしろよ! つーか俺はロリじゃねえっ! そこが一番重要だろっ!」
「恭介も落ち着いてよっ、ほら、鈴が……」
鈴の名前を出すと、途端に恭介も大人しくなる。さすがに以前のことで懲りたのだろう。
いくらなんでも、鈴の前で恭介がロリだのと騒ぎ立てるのは非常によろしくない。
これで恭介が鈴から再度変態認定されてしまったら、最悪の場合一生消えないことになる兄妹間の溝を生むことにもなりかねないのだから。

「ん? 何かあったのか?」
「鈴、もしかして……今までのこと聞いてなかった?」
うむ、と頷く鈴。ふう、助かった。
どうやら漫画に夢中になっていたおかげでさっきの話は耳に入っていなかったらしい。
それにしても、その騒動を生み出した真人ときたらまたダンベルを持ちだして筋トレを始めたりしてのん気なものだ。
「そういえば、ロリとか言ってるような気がしたが」
「な、なんでもないぞ鈴! そうだ謙吾、お前の恋愛観の話だ、そうだったよな、理樹?」
「う、うん……」
あからさまに不審な態度で話題を逸らす恭介だが、その強引さに押し切られて曖昧に頷く僕。

「謙吾はロリコンだったのか?」
「違う! 断じて俺はロリではない!」
あ、今度は鈴の誤解の矛先が謙吾に向かってる。恨めしそうに謙吾が僕と恭介のことを睨みつけてきた。
参ったなあ、またフォローしてあげないと。
「じゃ、じゃあさ、謙吾の好みのタイプとかは? それが分かればロリじゃないって証明できるし……」
「俺の好みのタイプか……」
考え込むような仕草を見せ、僕を見つめてくる謙吾。
「例えばさ、謙吾の知り合いの中で強いて選ぶとしたら……って、何で僕のことそんな目でずっと見つめてるのさっ!」
「いや、誰を選ぼうかと思ったら真っ先に理樹が思い浮かんだのでな」
「ははは……そうなんだ……」
そんなことを言われてもコメントに困るし、僕は言葉も無く苦笑いするばかり。
「お前には理樹はやらん」
そして鈴は謙吾の言葉を本気にしてしまったのか、漫画を読むのをやめて険しい顔で僕を庇うように謙吾の前に立ちふさがる。
「ふかー!」
しかも、謙吾のことを威嚇してるみたいだし……
「まあまあ、鈴も謙吾の冗談を本気にしなくてもいいからさ……」
そう、本当に冗談だよね、謙吾? 僕を恋愛対象として見てるなんてことは無いよね?
「ま、あながち冗談とも言えないがな」
それも冗談の続きだよね?
真面目な顔をして馬鹿なことを言う謙吾の相手をしていると、もう反論する気も失せてきた。

「こいつ馬鹿だ! なんでこんな馬鹿がもてるのか全然分からんぞ!」
「いやいや、だって謙吾は僕から見ても男前だし、正義感が強いし、強いし、これでもてないほうがおかしいよ」
「理樹、随分と嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
僕の言葉に照れている謙吾。こんなことを言ってたらなんだか僕まで恥ずかしくなってきた。
まさかこの一言で僕と謙吾のフラグが立って……って、何て馬鹿なことを考えてるんだ僕は。

「でも馬鹿だぞ」
「確かに僕たちの前ではそうかもしれないけど、謙吾は他の人の前ではしっかりしているんだよ」
いくら説明しても、鈴は全然納得していない様子。
確かに謙吾は馬鹿なこともやるし、昔から謙吾をよく知っている鈴からすれば実感できないかもしれないけれど、それでも謙吾は真人と違っていつも馬鹿なことをやっているわけじゃない。ちゃんと時と場所をわきまえられる人間だ。

「やっぱり分からん。こんな馬鹿より理樹のほうがずっといいぞ」
「お、のろけか? ヒューヒュー、熱いねえ!」
「恭介もそんな茶化さないでさ、鈴に何か言ってあげてよ……」
僕はちょっと赤くなった顔を隠して話を本題に戻す。
「じゃあ、確かめてみたらどうだ?」
確かめるって……恭介はどうするつもりなんだろうか?
「謙吾のことを好きな奴と話してみて、そいつから謙吾が好きな理由ってのを聞いてみるってのはどうだ?」
「そんな軽々しく言って……大体、だれにそんなこと聞くつもりなのさ」
「いるじゃないか、格好の相手がな」
面白そうなことを思いついたように、恭介がニヤリと笑みを浮かべて僕を見る。
真っ先に思い浮かんだのはリトルバスターズの女子の面々。みんな謙吾のことを好きということには違いないだろうけれど、それが恋愛感情であるとはさすがに思えない。
次に思い浮かんだのは……あ、この人ならちょうどいいかもしれない。
「もしかして、笹瀬川さん?」
その言葉を聞くと、当たりだと言うように恭介が満足そうに頷く。
確かに謙吾に好意を持っていて、かつ鈴が人見知りせずに話せる相手といえば笹瀬川さんしかいない。

「人ってのはな、身近にいればこそその人の長所が見えにくくなるってもんだ。たまにはそいつが他人の目からどう見られてるのかを知るのも大切だぜ」
うん、それは確かに正論だ。
「ささ子か……なんか嫌だな……」
「でもな、鈴。お前は今恋愛の勉強中なんだろ? 漫画だけじゃなくて実地学習するのも必要だぞ?」
「むむむ……だったらやってもいいぞ」
鈴が上手いこと恭介の口車に乗せられている……
こういう鈴をその気にさせるような話術は僕も見習いたいものだ。

「でも、謙吾、本当にそんなことやっていいの?」
「勝手にしてくれ。どうせ俺は笹瀬川にその気は無いんだし、鈴が勝手にやることならば構わんさ」
謙吾は興味が無いとばかりにこの件には不干渉を決め込んだようだ。真人ももともと色恋沙汰には疎い方だし、さっきから話に加わらず一人で筋トレを続けている。

「よし、決まりだ。ミッションスタートは明日の放課後だ!」
かくして、笹瀬川さんに謙吾の長所を聞きにいくというなんともおかしなミッションが作られてしまったのだった。


翌日の放課後。教室には僕と鈴しか残っていない。
「ううう……」
「そんなに嫌なら、別にわざわざ笹瀬川さんに聞きに行かなくてもいいと思うよ」
「嫌だなんて言ってない!」
どうにも鈴は笹瀬川さんに話しかけに行く踏ん切りがつかないらしく、さっきから延々と苦々しい顔をして唸り続けている。
さりとて話を聞きたくないわけでもなく、そのジレンマでずっと悩んでいるのだろう。鈴には悪いけど、なんだか子供みたいで微笑ましい。
「じゃあ、僕も一緒に行ってあげるから……それなら鈴も来るよね?」
「むむ……仕方ない、理樹がどうしても行きたいならあたしも付いて行ってやってもいいぞ」
「はいはい、分かったよ……」
まったく、素直じゃないんだから。

「でも鈴、笹瀬川さんとはいつもバトルしてる仲じゃない。今更気後れすることもないと思うけど」
「ふんっ、ざざみみたいな弱っちいやつなんかあたしの敵じゃない」
そうは言っても、鈴だって何度も負けて帰ってきてるってのに。喧嘩するほど仲がいいとはいうが、お互いもう少し素直になればいいのにと思ってしまう。

「誰が弱っちいですって?」
「ざざぜがわざざみ!」
ああ、何てタイミングがいい人なんだろう。教室を出たとたんに取り巻きを連れた笹瀬川さん一行と鉢合わせしてしまった。
もしかして、笹瀬川さんはいつも鈴をマークしているんじゃないかと思わされてしまうほどのタイミングだ。

「勝手に濁点を増やさないで下さる? そして、先日わたくしに負けて尻尾を巻いて逃げ帰ったのはどこのどちらでしたか?」
「あたしは尻尾なんてついてないぞ」
「お黙りなさい! それにあなた、今日もまた宮沢様に暴力を振るったそうね……なんて野蛮な……」
「あれは暴力じゃない。謙吾が馬鹿なことを言って騒ぐから成敗しただけだ」
笹瀬川さんも耳が早いなあ。いちいち取り巻きの子に命令して謙吾のことを逐一チェックさせているんだろうか。

「ああ、宮沢様、なんて不憫な……」
「おまえ、ずいぶん謙吾のことを気にするな。謙吾のことが好きなのか?」
「なっ……」
そう言われて顔を真っ赤にする笹瀬川さん。
鈴の聞き方ももう少し言い方があるだろうに、いくらなんでもそんなにストレートに聞いてしまうのはデリカシーに欠けているんじゃないかなあ。

「そうですわ、そうですわよ! 確かにわたくしは宮沢様をお慕い申し上げておりますわ! 何か文句がありますの?」
「でも馬鹿だぞ。何で好きなんだ?」
「くっ……棗鈴、自分は恋人が出来たからと余裕ぶって! どうせわたくしの恋は実らぬ恋だと馬鹿にしているのでしょう? 許せませんわ!」
なんだか微妙に会話がかみ合っていない。言葉足らずな鈴と思い込みが激しい笹瀬川さんの間ではここまでずれた会話が出来るものなのか。
「どーだ、羨ましいか」
「う、羨ましくなんてありませんわ! わたくしだって、宮沢様と一緒にお茶を飲んだり、手をつないだりしたいなんて思っていたりはしていませんわよ!」
そっか、笹瀬川さんは謙吾とそんなことをしたいんだ。素直じゃない割に分かりやすい人だなあ。
それにしても、笹瀬川さんの恋人のイメージってのはかなり純情なものらしい。

「ふっ、ささみ、お前はまだまだお子様だな」
「何ですって! だったら棗鈴、あなたはそこの男とどんなことをしているというのかしら?」
「そーだな……いっしょに遊んだり、いっしょに買い物に行ったり、いっしょに寝たり……」
「い、一緒に寝るですって! 棗鈴、あなた、なんていやらしいことを!」
何てことを言うんだ鈴は! 確かに一緒に寝たといっても、それはあくまで文字通りただ一緒に寝ただけだ。
笹瀬川さんが想像しているような関係では決してない。
「あのね、鈴の言葉で誤解していると思うけど、一緒に寝たってのは単に言葉通り添い寝しただけだから……」
「添い寝! それでもいやらしいことに変わりはありませんわ!」
何だか僕の釈明も火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。
敵を見るかのように僕を睨みつける笹瀬川さん。参ったなあ、鈴に向けられた矛先がこっちに向いてきて僕までとばっちりを受けてるよ。

「鈴、そろそろ本題に入ったら?」
「そーだな……ささみ、お前は謙吾とつきあいたいのか?」
「そうですわ、何度言わせれば気が済むのですか?」
「うーん、残念だったな。謙吾は女に興味がないらしい。男と遊んでるほうが楽しいそうだ」
「な、なんですって! 宮沢様が、そんな……」
「ちょっと鈴、そういう言い方は……」
あーあ、完全に誤解されるような言い方だよ。
「そう言われると確かに、制服を着ているときの宮沢様はソッチの気があるように思えますわ……」
笹瀬川さんも意外と信じやすい人だなあ。鈴の言うことを言葉通り誤解している。
……それにしても、制服姿の謙吾のことを見て笹瀬川さんもホモみたいだと思ってたのか。謙吾が聞いたら悲しむだろうな。

まあ、ようやく本題に入れたのはいいことだ。これ以上は僕が口出しをするようなことじゃない。
よう思って話し込んでいる二人を見守っていたのだけれど……そのうちいつものように些細なことからまたバトルに発展してしまったらしい。
結局こういう結末になるのか。こうなってしまっては僕には止められない。ここは大人しく退散することにしよう。
キャットファイトを続ける二人を横目に、僕は一足先に部屋に戻ることにしたのだった。


そして夕方。
「鈴、結局笹瀬川さんと話してみて何か分かったの?」
「うーん、ささ子が謙吾のことを好きなのは分かったが、あたしには分からなかった……」
分かったけど分からなかったとはこれ如何に。こういう鈴の言葉足らずな言い方を補足するのも僕の役目だ。
「つまり、鈴は笹瀬川さんが謙吾を好きな理由は分かったけど、鈴はその理由で謙吾を恋愛対象としてみてるわけじゃないから理解できなかった、ってことだよね?」
「うん、そーだ」
とりあえず目的は達成か。理解は出来なくとも鈴がそれなりに納得してくれればそれで十分だ。
まあ、理解が深まりすぎて鈴が謙吾への恋愛感情を持つくらいにまでなってしまっては僕が困るのだけど。

「理樹、助けてくれ! あいつが来たら俺はいないと言ってくれ!」
「ど、どうしたのさ謙吾?」
そんな中、突然騒がしい音と共に血相を変えて僕の部屋に飛び込んでくるなりいきなり布団を被って蹲る謙吾。
あの謙吾が怯えて逃げ回ってるなんて……いったい何があったんだろう。

「宮沢様! どこにいらしゃるのですか?」
少しすると、同じく血相を変えた笹瀬川さんが飛び込んできた。
――しかも、何故か袴を着た巫女さんみたいな格好で。

「謙吾なら自分の部屋に戻ったよ。そっちにいるんじゃないかな?」
とりあえず謙吾のために誤魔化しておく。それを聞くと笹瀬川さんは取り巻きの子達を引き連れて、あっというまに走り去ってしまった。
謙吾が怖がっている理由はあれだったのか。

「謙吾、もう笹瀬川さんは帰ったよ」
「そうか、危ないところだった……すまんな理樹、助かった」
「それはいいけど、いったい何があったの?」
「あいつが巫女姿で俺に迫ってきたんだ……危なく俺は理性を失って笹瀬川を押し倒してしまうところだった……」
それは……大変なんだか羨ましいんだかよく分からない複雑な悩みだ。
慰めればいいのか、あるいはそのまま行ってしまえと焚きつければいいのか分からないけれど、それにしても笹瀬川さんはどうしたんだろうか。

「あたしのアドバイスが効いたようだな」
自慢げに胸を張る鈴。まさか、さっきの笹瀬川さんの行動は……
「ささ子には謙吾が巫女好きだと教えておいた」
「お前が原因なのかぁー!!」
「謙吾、お前ホモなんだろ? ホモを治すには積極的に迫るのが一番だと漫画にあったからそれも教えてやったぞ」
「ぐあああぁぁ……俺は、俺はホモじゃない……」
ついでに笹瀬川さんが制服姿の謙吾をホモみたいだと思っていたことも告げられて、がっくりと崩れ落ちる謙吾。ああ、合掌。
この件があって以来、謙吾はますます頑なに制服を着るのを嫌がるようになったのだった。


ちなみに謙吾のホモ疑惑はいつの間にか一部の女子の間に広まって、その方面で謙吾は絶大な人気を誇っているらしい(西園さん談)。
その上当分の間、学校中で巫女姿の笹瀬川さんから逃げ回る謙吾の姿が目撃されるようになったそうな。

「宮沢様、待って下さいませ〜!」
「やめろ笹瀬川、俺の、俺の理性があああぁぁ!」
どうやら謙吾の苦難の日々は、まだまだ続くらしい。


後書き

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