「鈴、女の子が戦いを好むもんじゃない。乙女になれ、今からおまえの称号は……乙女まっしぐら!だ」
「う……うあぁあぁぁぁーーーーっ!!」
ああ、どうやら謙吾がまた変な称号を鈴につけたみたいだ。
鈴もこの称号が嫌だったようで、恨めしげに頬を膨らませて謙吾のことを睨みつけている。

「鈴、乙女の称号がそんなにショックなのかよ……なあ理樹、お前はどう思う?」
隣でそんな鈴の様子を見てため息をついている恭介。というか、僕に振らないでよ……
「まあ、いいんじゃないの? 鈴には乙女なんて言葉は無縁だろうし」
「なんだ理樹、お前もつまらない奴だなあ、少しは乙女になった鈴を見てみたいとは思わないのか?」
そう言った恭介の表情は、まるで少年のように輝いていた。そう、またいつもの何か面白いことを見つけたときのように。

「おい鈴、ちょっと耳を貸してみろ」
「かまわんが、終わったらちゃんと返すんだぞ」
「ああ、分かってるよ。それでな、いいか鈴、ごにょごにょごにょ……」
「むむむ……」
漫才のようなやり取りの後に、鈴に何かを耳打ちしている恭介。
鈴も最初のうちは不安げな顔になって恭介の話を聞いていたが、そうかと思えば一転して突然何かに目覚めたかのように強い意志を持った目で僕を見つめてくる。

「よし、わかったぞ! 理樹、あたしは乙女になる!」
鈴が、鈴が燃えている!
それこそ背景に燃え上がる炎が見えるくらいに今の鈴は意気揚々としていた。
……いったい恭介は鈴に何を吹き込んだのだろうか。
あれほど乙女を嫌がっていた鈴が、こんなにあっさりと態度を一変させて乙女を目指そうとするなんて。

「よし頑張れ、その意気だぞ鈴!」
「ふむ……冗談でつけたつもりの称号だったが、本気で乙女を目指そうとするとはな」
「もしかして、俺の筋肉分けてやったら乙女になれるかな?」
うーん、大丈夫かなあ……
みんなは面白そうに鈴を煽っているけれど、僕はどうにも不安な気持ちが頭から離れてくれない。
そもそも、乙女なんてのはなろうと思ってできるものなんだろうか?

「鈴よ、乙女になるんだ! ミッションスタートだ!」
そんな僕の不安をよそに、恭介の号令と共に鈴の乙女化計画が発動されたのだった。


  〜MISSION START!


「ところで、乙女になるにはどうしたらいいんだ?」
……いやいや、そんな初歩的な質問から入らないでよ。
最初からこんな質問だなんて。肝心の鈴の基礎知識がこの程度だとすると、いきなりミッションの先行きが怪しくなってくる。

「豪快に電話帳でも裂いたり窓から飛び降りたりすればいいんじゃねえの?」
「んなわけあるかぼけー!」
真人に炸裂する鈴のハイキック。それにしても、真人の中の乙女像というのはそんな豪快な行動を平然とするような筋肉乙女だったのだろうか。
頭の中に真人が女装したような外見の筋肉たくましい女性が威勢良く電話帳を引き裂きながら窓から飛び降りる様子が浮かんできてしまい、慌てて僕はその気色悪い妄想を打ち消そうとする。

「そんな漠然とした質問をされても……恭介はどう思う?」
「そうだな、ここは先人の教えに従って、乙女にしか為せない技を身に付けるという手がある」
乙女にしか為せない技だって? また恭介は変なことを言い出したものだ。
きっとまた何かの漫画かゲームにでも影響されたんだろうけど。

「その技を身に付ければ、あたしは乙女になれるのか?」
「ああ、きっとなれるさ」
無責任に鈴を焚きつける恭介。一体何を言い出すつもりなのやら……

「まずは……そうだな、麗らかな午後に窓辺でひとり読書を嗜んでみろ、鈴」
「よし、わかったぞ」
あ、どんな変な技を言い出してくるのかと思えば意外とまともな提案だなあ。
確かに裏庭でひとり読書をしている西園さんの様子は乙女と呼ぶに相応しいと思う。とりあえずは他の女の子の真似をすることから始めてみようということなのかな?
でも、鈴が読書か。あんまり柄じゃない気がするけど、本人がその気になっているんだからやらせてみるのもいいかもしれない。
そういえば、西園さんから借りていた文庫本が手元にあったっけ。ちょうどいいからこの本を鈴に読ませてみることにしよう。

「じゃあ鈴、これを貸してあげるから乙女らしく読んでみたら?」
「うむ、まかせろ」
やけに自信たっぷりだけど、大丈夫かなあ。
普段の鈴は漫画くらいしか読まないのに、いきなり小説なんて読んでも頭がついていかないと思うのだけど。

文庫本を手渡して、僕らは読書を始めた鈴から少し離れて後ろから遠巻きにその様子をそっと眺める。
最初は鈴も真面目に読んでいたようだけど、1ページ、2ページと進むごとに段々と頭がふらふらと動き出し、ページをめくる手も動きが遅くなっていってしまった。
そのうち段々と舟をこぎだして……一度机に突っ伏してしまうとそのまま寝入ってしまってすっかり動かなくなってしまう。

「もう寝ちまったのかよ! なんだ鈴のやつ、だらしねえなあ」
「いやいや、真人が言える立場じゃないと思うよ……」
「さすがにあの姿を見れば乙女とは呼べんだろう」
やっぱりさっきの不安が現実になってしまった。
本なんか全然読まない鈴にいきなり擬古文の小説を貸したのは失敗だったけれど、いくらなんでもこんなに早く眠りに落ちてしまっただなんて。

「ほら、鈴、起きてよ……あーあ、本にまでよだれをべったり付けちゃって……」
「……ふにゃあ……」
寝起きでまだ目が虚ろな鈴を起こしてあげて、よだれで染みが付いた部分をハンカチで拭う。
仕方ないなあ、明日西園さんに謝っておかないと。

「鈴、目が覚めた? この本はどうだった?」
「ううう……なにが書いてあるのかぜんぜん分からんぞ……もう頭の中がくちゃくちゃだ……」
「よしよし、よく頑張ったね、鈴」
辛そうな鈴の頭をなでてあげて慰めるも、そこに下されたのは非情な恭介の宣告。

「残念ながら……この技の習得は失敗だ」
こうして鈴の文学少女化計画はあっけなく終わりを告げてしまったのだった。


  〜MISSION FAILED


「残念だがさっきの技は鈴には合わなかったようだ。次は別の技を習得してみよう」
「恭介、まだやるの……?」
どうやら一度の失敗では恭介も鈴もめげる様子がない。
はあ、しょうがないなあ。こうなったら恭介が飽きるまで僕らは付き合わされるんだ。

「よし、次は……ひとり憂い顔で外を見やってみるんだ、これができれば乙女だぞ」
「うむ、まかせろ」
またもや自信たっぷりに薄い胸を張る鈴。まあ今回は簡単な内容だし、これならば鈴もできるかもしれない。

再び後ろから遠巻きに鈴の姿を眺めてみる僕ら。
しかし、どうにも窓の外を見ている鈴は落ち着きがなく、きょろきょろと周りを見回したり手足を動かしたりと動きがせわしないのだ。

「なんだあいつ、座ってる間も筋肉細動させて鍛えてんのか?」
「いやいや、絶対そんなんじゃないから」
「うーむ、鈴に足りないのは精神面の落ち着きだろうな」
きっと鈴はじっとしていることが苦手なんだろう。それは確かに鈴らしいといえばそうなんだけど、さすがに乙女として相応しい行動ではないと思う。
そう考えていると、そのうちあれほど息巻いていた鈴の表情が段々と暗いものになってきている。

「おい、鈴のやつ、いい感じに憂い顔になってないか?」
「あれは単に飽きてきたって顔のような気がするけどね」
「まあ、憂い顔といえばそう呼べないこともないな」
とにかく、一応憂い顔は見せたことだしこれでミッションもクリアしたことになる……のかな?
横目で恭介の様子をうかがってみると、やけに真剣な表情をして鈴の動きを逐一チェックしているようなのだ。

「たいくつだ……おなかすいた……」
「そこまで!」
鈴の小さな呟きを聞き逃さず、そこで恭介がミッションの終わりを告げる。
「鈴、憂い顔をして外を見ていたのは分かった。でもな、その理由は飽きて腹がへったってことか?」
「そーだ、そのとおりだ」
「威張って言うことじゃないだろ、鈴」
そう言って、呆れたように鈴をたしなめる恭介。

「残念だが、ミッションは失敗だ。憂い顔はまあよかったが、その理由と落ち着きの無さが乙女としては完全に失格だ」
「恭介、意外と判定が厳しいね……」
結局、次の作戦も鈴の失言と恭介の厳しい判定のせいで失敗してしまったのだった。


  〜MISSION FAILED


「よし次だ、憂いの表情でひとり寂しそうに昼食を頂く、これぞ乙女にしか為せない技だ」
「まだやるのか? それにもう夕方だぞ、恭介」
「むむむ……だったら夕食でいいぜ、続きは食堂でだ」
謙吾の呆れたようなつっこみにもめげず、相変わらず鈴の乙女化計画を続ける気満々の恭介。

「鈴、まだ恭介に付き合うの? もういい加減やめてもいいと思うよ?」
「いや、あたしはまだ続けるぞ。そしてあたしは乙女になるんだ」
うーん、鈴もなかなか頑固だなあ。恭介だけが張り切っているのならば止めさせるつもりだったけれど、鈴にまだやる気があるのならば付き合わないわけにもいかないだろう。

「じゃあ鈴、さっき言ったようにお前はそっちに座って一人で食べるんだ」
「な、なにいぃぃ!」
「おいおい、さっき俺がそう言っただろ?」
恭介に急かされて、渋々僕らの席から離れて一人で開いている場所に座る鈴。
今度こそ……ミッションは成功するだろうか?

「寂しそうにしてる、ってのは合格っぽいな」
「いや、あれは単に周りが知らない人ばかりで不安なだけだと思うんだけど」
カウンターから食事を運んできたところまではよかったものの、席に付いた鈴はどうにも不安そうな目線でしきりにこちらの様子をうかがってきている。
「お、食い始めたぜ、あれでいいのか恭介?」
「いや、駄目だな。お前ら、よく見てみろ」
すると、鈴は食べ始めた途端にさっきの動揺はどこかに行ってしまったのか、実に幸せそうに定食を食べている。
きっと食欲が満たされたことで、多少の不安もどこかに吹っ飛んでいってしまったのだろう。そういえば、今日の定食のメニューは鈴の好物だったっけ。
「鈴のやつ、制服にケチャップこぼしたぞ」
「あーあ、早く拭かないと染みになっちゃうよ」
「あの口の周りにケチャップをつけたまま幸せそうにカップゼリーをほおばる姿が乙女と呼べるのか? 乙女というより童女といったほうがいいような気がするな」
これじゃ、またミッションは失敗だろうな。
やはり一朝一夕でいきなり乙女になれというのは無理なのかもしれない。

トレイを片付けた鈴が戻ってくると、何故か自信満々で僕らの前に立ち尽くしている。それこそ自分を褒めろとでも言わんばかりに。
「どーだ、あたしの食べ方は乙女だったか?」
「駄目。鈴、お前の食べ方は失格だ。憂いの表情もしていなかったし、食事マナーも乙女とは似ても似つかない」
「な、なんだとぉ!」
あっさりと失格を言い渡されて、鈴も少なからずショックを受けているようだ。
というか、もしかして鈴はあれで自分が乙女らしい食べ方をしていたとでも思っていたのだろうか?


  〜MISSION FAILED


「よし、だったら次の技は……」
「もういいよ、恭介。ムリしてまでそんな技を使うこともないと思うよ」
これ以上やっても鈴が無意味に疲れるだけだと思う。それに、こんなことを繰り返すだけで本当に乙女になれるとは思えないし。
乙女というのは外見だけのものじゃない、内面が変わらなければ意味がないのだろうから。


 ◇ ◇ ◇


「ううう……やっぱりあたしは乙女にはなれないのか……」
立て続いた失敗に鈴はすっかり落ち込んで、ベンチに座り込んですっかりしょげてしまっている。
僕も隣に座って今のままの鈴が一番いい、変に気負うことなんかないのだと慰めようとしたのだけれど、上手い言葉が口から出てくれないのだ。

「そんなに不自然に乙女を目指さなくてもいいと思うんだ。鈴はやっぱり今のままのほうがいいよ」
「それじゃだめだ……あたしは乙女にならないといけないんだ……」
結局当たり障りのないことしか言えなかった僕のフォローも鈴の心には届かなかったようで、相変わらず俯いたまま元気がない。
でも、そこまでして鈴が乙女になりたい理由は何なのだろう?

「ところで、あんなに嫌がってたのにどうして突然乙女を目指そうと思ったの? 恭介に何か言われたの?」
そう、鈴がいきなりこのミッションに熱心になったのも全ては恭介が鈴に何かを耳打ちしたことが発端だ。きっと恭介は何か鈴をその気にさせるようなことをそそのかしたのだろうけど、それが分からないことには僕にはフォローのしようがない。

「どうせあたしは乙女じゃないんだ……理樹にも捨てられて一人で寂しい老後を送るんだ……」
何故かいきなり話が老後まで飛躍しちゃってるけど、これはもしかして……
「それは……恭介が言ったことなの?」
ちりん、と力なく頷く鈴。
ああ、そういうことだったのか。
恭介のことだから、きっと乙女にならないと僕に愛想を尽かされてしまうというようなことをもっともらしく脅かしてその気にさせていたんだろう。

「聞かせてもらったよ、鈴君」
「うわっ!」
背後から聞こえた声にびっくりして振り向くと、そこには来ヶ谷さんがいつのまにか僕らの背後に立っていたのだ。
「く、来ヶ谷さん、いつからそこに?」
「鈴君が『あたしは乙女にはなれないのか』と言ったあたりからだな」
それって全部聞いてたって事じゃないか……と思いつつも、気配を感じさせなかった来ヶ谷さんの突然の登場にまだ心臓がバクバクといっている。

「まあ、ここはおねーさんに任せて理樹君は黙って聞いていたまえ」
有無を言わせないような来ヶ谷さんの迫力に負けて、黙り込んでしまう僕。
とりあえず、ここは来ヶ谷さんに任せてみることによう。もしかしたら、同性ならまた違った慰め方も出来るだろうし。

「鈴君もかわいいところがあるじゃないか、理樹君のために乙女を目指そうとするも、上手くいかずに悩んでいるなんてな」
僕のため、か。
恭介はあんなことを言って脅かしていたようだけど、僕は今のままの鈴が一番いいと思っている。
変に乙女を装ったりせず、自然体のままの姿こそが僕の好きな鈴なんだから。
とはいえ、もう少し年齢相応の振る舞いをしてほしいと思うときも度々あるのだけれど。
恭介があんな脅すような言い方をしたのも、きっともう少し落ち着きを見せてほしいという恭介なりの親心だったのかもしれない。

「でも、結局あたしは乙女にはなれないんだ……」
「そうかな? 私には、鈴君は誰はばかることのない乙女に見えるのだが」
「……本当か?」
「うむ、今の鈴君は俗に言う『恋する乙女』というやつだよ。理樹君に嫌われまいといじらしく努力しているその姿は乙女そのものだな」
あ、それは納得。
確かに僕と付き合うようになっってからの鈴は、今まで見せてくれなかったような色々な表情を見せてくれるようになった。
以前は単に付き合いの長い幼馴染としてしか見ていなかったけど、最近ふとした拍子で見せる仕草が可愛いと思うことがしばしばある。それに、今みたいにこうして不器用ながらも僕のことを想ってくれている姿もまた可愛らしいのだ。
もしかしたらそれは、単に恋人としての贔屓目なのかもしれないけれど。

「じゃ、じゃあ、あたしは乙女になれたのか?」
「ああ、立派な乙女だよ。しかもおねーさんがついつい抱きしめたくなるくらいに可愛らしい乙女だな」
「うん、僕もそう思うよ。今の鈴は間違いなく乙女だよ」
「理樹もそう思うか? じゃあ、あたしは理樹に捨てられなくていいのか? 結婚して子供を生んで孫に囲まれながら老後を送ってもいいのか?」
……また老後に話が飛躍しちゃってる。恭介はこんなことまで鈴に吹き込んでいたのか。
今から家族計画を通り過ぎて老後の話なんて、いくらなんでも気が早すぎるよ……
とりあえず曖昧に頷いておいたけど、鈴は恭介が言った言葉の本当の意味をどれだけ理解しているのやら。

「よし、ミッションコンプリートだ!」
高らかに成功を宣言する鈴。
その時の鈴は、今までのミッションを耐え抜いたことの安心感と達成感からか本当に誇らしそうな顔をしていたのだった。


  〜MISSION COMPLETE!!


「偉いぞ鈴君、お姉さんがご褒美をやろう」
「うわっ!」
それはあっという間の出来事。鈴が逃げる間もなく一瞬のうちに来ヶ谷さんに捕まってしまい、身動きが取れないようにすっぽりと抱きすくめられてしまっている。

「や、やめろ、ふにふにするな〜!」
「ふむ、鈴君はここが弱いのか? ほれほれ〜」
「理樹、見てないで助けろ!」
「ふっふっふ、おねーさんの胸の中で息絶えるがいい」
そんなある意味微笑ましいやり取り。その時の僕は苦笑しながら、姉妹のような二人の様子をずっと見守っていたのだった。


 ◇ ◇ ◇


ようやく来ヶ谷さんに解放された鈴と一緒に部屋に戻る。きっと今日もまた、僕の部屋で恭介たちが僕たちを待っているだろうから。

「おっ、戻ってきたか。よし鈴、今度は別の方法で乙女に……」
「ふんっ、愚かなやつめ」
そんな恭介の言葉を遮り、鈴が勝ち誇ったように鼻で笑う。
「おい、何だよ、この余裕たっぷりの態度は……」
いきなりの態度の急変に驚いている恭介。
まあ、無理もないか。さっきあれだけ落ち込んでいた鈴の様子を考えると、手のひらを返したかのような今のこの態度には誰だって不審に思ってしまうだろう。

「よく聞けおまえら、あたしは乙女になれたぞ! しかも理樹とくるがやの認定だ!」
「ほう、理樹と来ヶ谷が?」
本当か? と目線で訊ねてくる恭介にそっと頷く僕。
僕の様子から恭介も謙吾も何があったのかを大方悟ったらしく、それ以上は深く追求してくることはなかったのだった。

「でもよ、どうして乙女認定されたんだ? 鈴がなにか来ヶ谷にやってみせたのか?」
「そ、それは秘密だ!」
そんな中、一人空気の読めない質問をする真人。
鈴はさすがに『恋する乙女』だと答えるのは恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして部屋から逃げ出してしまった。
「鈴のやつ、いきなりどうしたんだ?」
どうやら真人は本気で何があったのか分かっていないらしい。
恭介や来ヶ谷さんほど鋭くなれとは言わないけれど、もっと空気を読むことを覚えた方がいいと思うなあ……

「ま、どうせ来ヶ谷に『恋する乙女』だとか言われたんだろ」
「恭介、それ正解……」
「恋する乙女か。ふっ、それも悪くない……」
いつものように鋭い恭介と、何故か嬉しそうな謙吾。
その隣でようやく事態が飲み込めたらしい真人が、ニヤニヤと生暖かい目線で僕のことを見つめ続けていたのだった。


 ◇ ◇ ◇


相変わらず続いている騒がしい日常。

「じゃまだぼけー!」
「ぐあっ……」
「まわりに迷惑をかける馬鹿を成敗する……乙女にしか為せない技だな」
「いやいやいや、それは乙女じゃないってば……」

ちなみにあれ以来、『乙女にしか為せない技』を気に入った鈴が何かにつけてこの言葉を使うようになったことも付け加えておく。


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