今日は雨なので、野球の練習も無い。
さすがの恭介もこの天気ではロープで降りてくることはせず、ちゃんと階段を使って僕たちの教室に来ていた。

「さて、今日は何して遊ぼうか?」
退院以来、謙吾は人が変わったかのように嬉しそうに遊びに誘ってくるようになった。ちょっと前の剣道一筋だった頃とは大違いだ。
「お前、部活は出なくていいのか?」
「大丈夫だ、今日は休みの日だ」
それこそ珍しい。以前の謙吾は休みの日でも自主トレを欠かさなかったはずなのに。

「それで恭介、何かいいアイディアは無いのか?」
「そうだな……よし、今日はこれをやろう」
そう言って恭介が廊下に出て持ってきたのは、もしかして……
「ツイスター?」
しかもかなりの大型サイズだ。まだ新品のようだし、恭介はこれをやるためにわざわざ買ってきたんだろう。
いつもながら、恭介のそういう無駄な行動力にはある意味敬意を表してしまう。

「でも、男だけでやるのはちょっと……そう思うよね、真人?」
邪な気持ちがあるわけじゃないけれど、さすがに男だけでこんなことをしたって面白くないと思う。
それに、真人や謙吾のような巨漢と一緒にツイスターをやるなんて考えただけでも暑苦しい気分になってくる。
「なんだよ理樹、その視線は……こんなむさ苦しい筋肉とツイスターだなんて暑苦しくてやってられません、やるなら可愛い女子と体を密着させてしっぽりむふふといきたいものですな、とでもいいたげだなっ、あぁ!?」
「いやいや、そこまで思ってないから……」
いつもながら真人の言いがかりは芸術的なまでに素晴らしい。まあ、前半部分は否定しないけど。

「あの、ついすたー、とは何でしょうか?」
と、そこに現れたのはクド。
そっか、クドにとってこういうゲームを見るのは初めてなのだろう。
僕が説明してあげると、子供のように目を輝かせてその内容に聞き入っていた。
「わふー! 日本の遊びは奥深いのです、えきぞちっくなのです……」
いやいやクド、これはアメリカ発祥のゲームだと思うよ……

「それでな、理樹は女子と一緒に組んず解れつのツイスターをやりたいとエロティックなことを言ってたぜ。クド、お前も参加するか?」
「そ、そんなこと言ってないってば!」
とんでもないことを言い出す恭介。
そりゃあ、確かに男だけでやるのは遠慮したかったけど、だからといって不埒な思惑があったわけじゃない。
「はわわわわ、く、組んず解れつなんて……」
純真なクドには恭介の冗談は刺激が強すぎたんだろうか、白い肌を真っ赤に染めてもじもじと手をすり合わせて上目遣いで僕のことを見つめている。
どうやら恭介の冗談を真に受けてしまったようで、恥らう様子の可愛らしさにこっちまでドキドキしてしまう。
「そんな、リキと私が……って、あわわ、まだ、私たち……」
……いったいクドは何を妄想しているんだろう。
「ねえ、クド……」
「は、はぇ!?」
僕が呼びかけると、飛び上がらんとばかりにびっくりする。
「あのね、今のは全部恭介の冗談だから。ジョーク、いっつあじょーく」
「え……? あ!」
冗談であるということを伝えると、今まで妄想に浸っていたことが恥ずかしかったのか、真っ赤な顔でぶんぶんと頭を振っている。
なんか赤べこのオモチャっぽい。
「じょーく、ですか……」
「そうだよ、僕はエロティックなことなんて言ってないし、そんなつもりも一切ないから」
さすがに僕が変態だと思われたままではいけないので、そこは精一杯否定しておく。
「やっぱり、リキは、そんなつもりは一切ないのですね……」
あ、あれ?
釈明を聞いた途端、先ほどとは一転して落ち込んだ様子になり悲しげな表情になるクド。
僕は、何かまずいことでも言ってしまったんだろうか?
「でも、私、まだ諦めませんから! しー・ゆー・ねくすとでい!」
諦めないって、何のことだろう?
あっけに取られる僕らをよそに、クドは追う間もなく教室を出て走り去っていってしまった。

「何だったんだ、クー公は?」
「さあな……」
結局その日は、日が沈むまで男4人でむさくるしいツイスターを楽しんだのだった。



「あの、直枝さん、ちょっといいでしょうか?」
珍しいことに、この日は西園さんがわざわざ僕の席に近付いて話しかけてきた。
「昨日は恭介さんたちとツイスターをしたと聞いたのですが」
「ああ、クドから聞いたんだね」
そういえば西園さんはクドとルームメイトだったっけ。
「残念です……ツイスターをやるのでしたら、私も呼んで欲しかったです」
「もしかして、西園さんも参加したかったとか……?」
意外だ。西園さんはこういった体を使う遊びはあまり興味が無さそうなイメージなのに。
「いえ、私は皆さんが抱き……遊んでいるところを見学するだけでおなかいっぱいですので」
「そ、そうなんだ……」
ツイスターを見学するだけで楽しいだなんて、変わってるな……

……そうだ、西園さんにクドの様子を聞いておこう。
昨日は何だか落ち込んでいたみたいだったし、西園さんだったら何か知っているかもしれない。
「あのさ、昨日のクドに何か変わったことは無かったかな? 何だか急に落ち込んだりして様子がおかしかったんだけど」
「……知りません」
怪しい。目が泳いでいる。
最初に微妙に口ごもった辺りからして、西園さんは何かを隠しているような気がする。
「西園さん、何か隠してない?」
「知りません」
「ほんっとうに、知らない?」
「……女性にしつこく迫るのはデリカシィに欠けます」
これ以上は何も聞けそうにないな。仕方ない、ここは引き下がろう。

その時、横からちょいちょいと袖を引っ張られる感触。
「あの、リキ……昨日はごめんなさいです……」
クドが申し訳なさそうな顔で昨日のことを謝ってくる。
「いや、それより気分は大丈夫? 昨日は何だか様子がおかしかったけど」
「大丈夫です!」
びしっ、と無い胸を張って強気に答えるクド。
不自然に気負ってるような気もするけど、本人がそう言っているのだからあまり心配するようなことはないのだろう。
「それでなんですが、あの、あの、今日は私もついすたーに混ぜてくれませんか?」
クドがツイスターか。あの小さな体で真人や謙吾と勝負するのは辛いだろうし、ここは他の女の子も呼んだほうがいいだろうな。
「じゃあ、後で恭介に話しておくよ。他のメンバーも呼んだほうがいいよね?」
「はいっ!」



「で、集まったのはこれだけなのかよっ!」
謙吾は部活、女子はみんな用事があったらしく、集まったのは僕と恭介、真人、クド、西園さんの5人だけ。
西園さんはやはり見学するようで、ルーレットを回す専門の役だ。
「井ノ原さんは最初は見学しておいて貰えますか? 美しくない……いえ、体格が違いすぎて能美さんが不利になるので」
「ちっ、仕方ねえなあ……」
途中で変な言葉を聞いたような気がするけど、幻聴だろうか。
「よし、ゲームスタートだ!」
そして、恭介の号令と共にツイスターが始まったのだった。

「能美さん、左手を赤、ですね」
「わふー……」
四つん這いになっている僕の上で、クドが精一杯左手を伸ばそうとしているようだ。
どうやら触ろうとしている赤マスには僕が邪魔になって届かないようなので、少し腰を屈めてクドの手が届くようにしてあげる。
「すみません、リキ……」
無事にマスには触れたみたいだけど、それでもクドには辛い体勢らしく、ちょうど僕に負ぶさって体を押し付けている状態だ。
背中にクドの体の暖かさが伝わる。凸凹の少ない体ながらも、女の子の柔らかさというものを直に感じているのだ。
おまけに顔の前をかすめるクドの髪の毛の匂いもあいまって、自分の心臓の音が聞こえてくる程に緊張している。
「リキ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、全然気にならないよ」
「そうですか、全然気にならないですか……」
危なく声が裏返ってしまうところだった。今の状態をクドに悟られるわけには行かない。
クドだって僕を信頼してツイスターに付き合っているんだ。そんな僕が邪な感情を抱いていると知ったらきっと幻滅してしまうだろう。

「直枝さん、右手を青です」
狭い視界から青のマスを探し出す。ここから見えていて空いているマスは恭介のいる向こうだ。
僕が不用意に動くと乗っかっているクドが倒れてしまいかねないので慎重に手を伸ばすものの、その途中でちょうど恭介と頬擦りをするような形になってしまった。
「好きだぜ、理樹」
「………!!」
顔を寄せ合ったところで突然囁かれる恭介の告白。
おまけに頬に息を吹きかけられ、その突然の行動にびっくりして僕はあっさりと体勢を崩してクドもろとも倒れこんでしまう。
「ずるいよ恭介、いきなりそんなことするなんて!」
「ははは、理樹はまだまだ甘ちゃんだなあ」
「もうっ!」
また僕は恭介の策に引っかかってしまったのだ。
それにしても、あんな単純なことに引っかかってしまうなんて僕も甘いな、と内心自嘲してしまう。
クドにごめんね、と言おうとしたところ、なにやら様子がおかしいのだ。
「そんな、そんな、そんな、やっぱりリキは……」
元々白い肌がさらに蒼白になり、目の焦点が合わずに同じようなことを繰り返して呟いている。
「私だって、私だってリキが、……なのに……」
と、そこまで言ったところでぱたりと気を失って倒れこむ。
「わわっ、クドっ、大丈夫?」
顔をのぞき込んだものの、血の気の引いたその様子はどう見ても大丈夫ではなさそうだ。これはまずい。早く保健室に運ばなければ。
そう判断した僕はクドを背負い、一目散に保健室に向かうことにしたのだった。



「ただの貧血みたい。少し寝てれば直るってさ」
校医さんはそれを告げると、用事があるらしく保健室を出て行ってしまった。
クドが起きたときに一人ではかわいそうだからと、僕と西園さんは保健室の椅子に座ってクドの目覚めを待っている。
「……直枝さん、怒らないで聞いてくださいね。能美さんが倒れた理由をお話しします」
クドが倒れた理由……?
「実は、能美さんは直枝さんと恭介さんが恋人同士なのではないか……と疑っていたようなのです」
「は、はぇ!?」
寝耳に水だ。思わずクドみたいに情けない声を上げてしまう。
どうしてそんな発想が出てくるのか、自分の理解を超えた内容に頭が追いついていかない。
「ちょっと待ってよ、僕も恭介も男だよ? それなのに、どうして……」
「ですから、直枝さんが男性しか愛せない人なのではないか、と疑っていたということです」
「えええー!?」
青天の霹靂とはこのことだろうか。
確かに誤解される要素はあったかもしれない。先ほどもそうだが、僕たち男メンバーはよく冗談も含めてお互いに好きだと口に出していうことがある。
でも、あくまでそれは友情としての「好き」なのだし、リトルバスターズのみんなも分かっていると思っていたのに……
「それで、昨日私が能美さんをけしかけてしまったんです。直枝さんと一緒にツイスターをやって、体を押し付けてみて反応を見てみればいいのだと」
「そ、そんな……」
いくらなんでも大胆すぎる行動だ。
「私は半分冗談のつもりだったのですが、能美さんはどうやら本気で確かめてみようとしたかったみたいですね」
そうか、だからクドはツイスターの最中にあんなに体を押し付けてきて、恭介の発言で気を失うほどのショックを受けたのか。
「能美さんを嫌わないであげてくださいね……」
「分かってる、それに僕は最初から気にしてないよ」
それどころか、口には出せないけどちょっと役得だったと思ったりしてる。

でもさっきのクドの反応は、同性愛者を気持ち悪がっているというのとは違う気がする。
同じ疑惑ならば恭介にも掛かっているはずなのに僕ばかり気にしたり、さっきも倒れる前に僕に何か言おうとしていた気がするし、
「恭介のことは気にしてないみたいなのに、僕に対してはあんな大胆なことまでするなんて、もしかして……」
もしかして、クドは僕のことを好きだってことなのかな……
「直枝さんの考えてる通りだと思いますよ。能美さんのこと、受け入れるにせよ断るにせよ真剣に考えてあげてくださいね」
「うん……」
何だか面映い気持ちと同時に、胸に暖かいものがこみ上げてくる。
思えば確かにクドに好意を寄せられていることは分かっていた。
ただ、それが友人に対するものなのか、異性に対するものなのかに自信が持てず、結論を引き延ばしにしていたのは僕の弱さが原因だ。
だがこんなことになってしまった以上、ちゃんとクドの気持ちに向き合って答えを出さなければいけないのだろう。

「あれ、私……」
「気が付きましたか、能美さん」
どうやらクドが目を覚ましたらしい。
「クド、大丈夫?」
「ひゃ、ひゃうっ、大丈夫です……」
僕を見て、さっきの恭介との光景を思い出したのだろうか。悲しそうな目で僕のことをちらちらとうかがっている。
そんなクドの様子が見ていられない。早くクドの誤解を解いて、安心させてあげなければ。
「西園さんから聞いたよ。あのさ、僕と恭介はあくまで親友だし、クドが考えているようなことは絶対無いから」
「あの、それって……」
目をぱちくりとさせて僕を見つめるクド。
「その……僕は、ちゃんと女の子に興味のある、普通の男だから……」
自分で言っておいてなんだけど、ちょっと恥ずかしい台詞だ。
「ほ、本当ですか! よかったです……」
本当にほっとしたらしく、気が抜けたようにふにゃりとした自然な笑顔を見せるクド。
その姿があまりに微笑ましくて、見てるこちらもつい笑みがこぼれてしまう。
「はうっ、私ったら、なんて失礼な勘違いを……」
そんな子犬のようにしょげている姿も可愛いらしいのだが、それを口に出したらクドは一体どんな反応を返してくれるんだろうか。
「では、私はここで帰ります。お邪魔虫は退散ですね」
軽く悪戯っ子のような口調とともに、西園さんが保健室から退出する。きっと、僕らのために気を効かせて席を外してくれたのだろう。
そろそろ、僕にも答えを出さないときが来たようだ。


◇ ◇ ◇


ようやく誤解が解けたところで、少女は部屋を出る。
あとはあの二人の問題だ。これ以上自分があの場に残るのはさすがに野暮というものだ。
彼は優柔不断なところもあるけれど、それも優しさの裏返し。返答がどうであれ、きっと彼女を傷つけるようなことは言わないだろう。
でも、純真な彼女にあれを見せたのは早すぎたのかもしれない。まさか、あんなに本気になって思い悩んでしまうなんて。
「ふう、やはり秘蔵のBL本を見せる相手はちゃんと選ばないといけませんね……」
そんな少女の呟きを聞いたものは、誰もいない。


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